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高齢の運転者はなぜブレーキを踏み間違うのか~踏み間違えなくても高齢者の脳はフル活動~

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国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院情報学研究科の川合 伸幸 教授らの研究グループは、信号の形や色に合わせて手や足で反応する実験により、高齢者は大学生に比べて、反応の切り替えや抑制を担う前頭葉の活動を必要とし、多くの脳活動を必要としていることを示しました。

近年、高齢者のブレーキ踏み間違い事故が増えています。加齢に伴う認知機能の低下や脳機能の変化が想定されますが、実証的に調べた研究はありませんでした。

本研究の実験で、高齢者と大学生の前頭前野の神経活動注1)(脳血流)の変化を調べたところ、ペダルを押すまでの時間と神経活動が対応しており、高齢者は大学生に比べてペダルを押す判断時間が遅く、前頭葉全体の神経活動も高いことが分かりました。高齢者と大学生のいずれも、足で斜めにペダルを押す時の方が、まっすぐペダルを押す時よりも判断時間が遅く、反応切り替えに関わる大脳皮質の前頭前野左背外側部注2)の神経活動が亢進(こうしん)しました。

このことは、足よりも手の反応、また足で斜めにペダルを押す時の反応は認知負荷注3)が高いこと、さらに高齢者は大学生に比べて課題を遂行するために多くの脳活動を必要としていることを示しています。

今後、実際の運転に近い状況で研究を進めることで、高齢者のブレーキ踏み間違い事故の原因と状況が解明されることが期待されます。

本研究成果は、2022年6月23日付国際科学誌「Behavioural Brain Research」に掲載されました。

【ポイント】

・ペダルを踏み換える実験で、高齢者は大学生と同等の成績(踏み間違い数)を示したが、大学生に比べて反応の切り替えや抑制を担う前頭葉全体で神経活動が亢進した。

・右足で右ペダルを踏むより(直行条件)、右足で左ペダルを踏む斜交条件の方が、どの年齢でも判断時間を要し、左背外側の神経活動が多かったが、手でペダルを押す時には直行条件と斜交条件で神経活動の違いはなかった。

・神経活動の亢進は、判断時間と対応しており、認知負荷の高さにあわせて神経が活動したと考えられる。

・高齢者の神経活動の高さは、若者と同等の好成績を収めるための補償的な反応と考えられる。

・高齢者は、大学生と同等の成績(踏み間違い数)を収めるために、実行機能注4)を担う前頭葉全体の神経活動を賦活させる必要がある。

 【研究背景と内容】

高齢者のブレーキ踏み間違い事故が増えています。2016~2022年の248件のブレーキ踏み間違い事故のうち、141件が75歳以上の運転手によるものでした。高齢者が反応を抑制する実験で、若者と同等の成績を示すこと、またその際に、高齢者はより多くの前頭葉の神経活動を要することも知られていました。しかし、足での反応についても、同じように多くの神経活動を要するかは不明でした。

本研究の実験は、21 人の大学生と 23 人の高齢者を対象に実施しました。信号の形が○=なら右足・△=なら左足で、信号の色が緑=なら右ペダル・赤=なら左ペダルの条件下でというように、信号の形と色でどちらの足でどちらのペダルを踏むかを判断させました(緑○=なら右足で・右ペダル、赤○=なら右足で・左ペダル)。

高齢者と大学生は、手と足それぞれで、信号の形状と色に合わせて反応する側の足(手)と反応するペダルの位置(左・右)を同時に判断してペダルを踏まなければ(押さなければ)なりませんでしたが、高齢者は大学生と同等の成績を示しました。しかし、高齢者は前頭葉全体で多くの神経活動を要しました。

これらのことは、高齢者の反応切り替え能力は一見問題がないように見えますが、その背景でより多くの実行機能を担う領域での神経活動を必要とすることを示しています。より認知負荷が高い状況(駐車場での車の切り返しなど)では、補償的な神経活動があっても、処理の限界を超えて、事故につながる可能性が考えられます。

 図1A:実験の手続き。赤色なら左ペダルを、緑色なら右ペダルを、△のときには左足で、○のときには右足で踏む課題(色と形の組み合わせは参加者間で相殺)。B:近赤外線分光法の測定タイミングを示す図。

 図2A:手で班のする際の脳血流量の時間的変化(赤=高齢者、青=大学生)。数字はチャンネル番号を示す。B:足で反応刷る際の血流量の変化。C, D:左背外側領域の脳血流量の変化(チャンネル14,16)。E:チャンネル14,16の測定位置、チャンネル14(F)および16(G)の手と足の反応時の平均血流変化量。Cは手足と反応ペダルの位置が一致、ICは不一致。

【成果の意義】

信号の形や色に合わせて手や足で反応する実験により、高齢者は大学生に比べて、反応の切り替えや抑制を担う前頭葉の活動を必要とし、多くの脳活動を必要としていることを示しました。

高齢者のブレーキ踏み間違い事故が多いですが、行動のテストだけでは、潜在的な危険を検出することはできません。脳機能も合わせて検査することで、事故予備軍を検出できる可能性があります。

【用語説明】

注1)神経活動: 近赤外線分光法を用いて、頭部から大脳皮質の血流量の変化を調べることで、その領域の神経活動を推定する。

注2)前頭前野左背外側部: 大脳皮質の前頭前野の左側の眉の奥あたりの領域で、右手から左手へ、あるいは右ボタンから左ボタンへ切り替える際などに活性化する領域。

注3)認知負荷: 認知的は処理の負荷。認知負荷が低い作業は意識を向けずに作業できるが、例えば、運転しながらスマートフォンを操作するなど、複数の処理を同時に実行する際には認知負荷が高まる。

注4)実行機能: 複雑な課題の遂行に際し、課題ルールの維持やスイッチング、情報の更新などを行うことで、思考や行動を制御する認知システム、あるいはそれら認知制御機能の総称。新しい行動パターンの促進や、非慣習的な状況における行動の最適化に重要な役割を果たし、人間の目標志向的な行動を支えているとされ、その神経基盤は前頭前野に存在すると考えられている。

【論文情報】

雑誌名:Behavioural Brain Research

論文タイトル:Do older adults mistake the accelerator for the brake pedal?: Older adults employ greater prefrontal cortical activity during a bipedal/bimanual response-position selection task.

著者:Kawai, N., & Nakata, R. (川合伸幸・中田龍三郎<当時、名古屋大学所属>)

※本学関係教員は下線

DOI: https://doi.org/10.1016/j.bbr.2022.113976

URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0166432822002443?via%3Dihu

 

詳細▶︎https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2022/07/post-287.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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