新規 MRI 技術で利き手の神経制御メカニズムを解明 〜手指運動中の脳・脊髄機能結合パターンの左右差を世界で初めて計測〜

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国立精神・神経医療研究センター(NCNP)脳病態統合イメージングセンター(IBIC)先進脳画像研究部の阿部十也部長、群馬大学医学部附属病院 整形外科の高澤英嗣助教と同大学大学院医学系研究科 整形外科学の筑田博隆教授、および京都大学大学院医学研究科脳統合イメージング分野の花川隆教授(NCNP 特任部長)らの研究グループは、健康な右利き成人の片手運動に関わる脳・脊髄伝導路の機能結合パターンを、新しく開発した脳・脊髄同時記録機能的 MRI(cs-fMRI)技術を用いて測定しました。計算モデルを用いて推定した脳・脊髄結合のパターンは左右対称ではなく、特に左手の運動中にはヒトでは存在がほとんど知られていなかった発生的に古い脳・脊髄伝導路が使われることが示唆されました。ヒト手指運動制御の研究分野に脳・脊髄神活動の同時計測手法を導入し、脳・脊髄間の機能結合様式が右手運動と左手運動で異なることを世界で初めて見出しました。研究成果は、「Communications Biology(コミュニケーションズ・バイオロジー)」オンライン版に 2022 年 7 月 5 日午前 0 時(日本時間)に掲載されました。

なお、本研究は主に科学技術振興機構 CREST「マルチセンシング」、新学術領域研究(超適応)、科学研究費の助成を受けて行いました。

研究の背景

手指の運動指令は、大脳皮質の一次運動野から頸髄運動ニューロンへ脳・脊髄伝導路(注1)を介して伝達されます。ヒトを含む霊長類は、巧みな手指運動の獲得とともに、一次運動野から脊髄運動ニューロンに直接に運動指令を届ける伝導路を発達させました。これは直接伝導路と呼ばれます。一方、一次運動野からの運動指令が、複数の経路を経て最終的に脊髄運動ニューロンに届く伝導路も存在します。これは間接伝導路と呼ばれ、ネコなどで発達しており、獲物を上肢(前脚)で捕捉する際に使われます。ただ最近の研究では、霊長類であるマカクサルの手指運動に、直接伝導路だけでなく間接伝導路も関わることが分かってきました。

ヒトは他の霊長類と比べ利き手の側方化が顕著であり約 90%が右利きです。右利き健常人では、右運動で手と反対側の左大脳半球の一次運動野が主に活動しますが、左手運動では手と反対側の一次運動野に加えて同側の一次運動野も活動を示すことが知られています。しかし、既存の計測技術では脳・脊髄の活動の関係性に迫ることはできず、脳・脊髄伝導路の関わりの左右差を調べることはできませんでした。我々は、利き手運動では一次運動野の運動指令を直に脊髄運動ニューロンに伝達する直接経路が動員され、非利き手運動では両側の一次運動野の運動指令が統合され脊髄運動ニューロンに伝達される間接経路が使われる可能性を考え(図 1)、脳・脊髄の機能結合を調べることにしました。そこで、従来の機能的磁気共鳴画像法(注 2)を基盤に、大脳と脊髄の神経活動の同時記録を可能にする cs-fMRI 法(注 3)を独自に開発し、運動中の脳・脊髄伝導路の状態を知るために脳・脊髄活動相関の観察に成功しました。

研究の概要

右利き若年健常人13名が利き手(右手)、非利き手(左手)を用いて親指と小指の指先を合わせるタッピング課題を行う間の大脳及び脊髄の活動を cs-fMRI で計測しました。本研究では、大脳の一次運動野並びに手指の筋肉を制御する運動神経細胞がある脊髄髄節(第 7 頸髄節-第 1 胸髄節[C7-Th1]レベル)の活動の相関に焦点を当てた解析を行いました。

まず運動野と脊髄活動のそれぞれを解析しました。利き手、非利き手運動ともに手と反対側の運動野の活動が上昇しました。一方、運動と同側一次運動野の活動はどちらの手の運動でも課題を行なっていない安静時よりもむしろ低下していました。この同側運動野の活動低下の大きさが非利き手より利き手運動で目立ちました。これらの結果はいずれも過去の研究と一致していました(図2a)。

確認のため手と同側及び反対側の半分に分割して脊髄活動を解析しました。利き手、非利き手ともに、使用手と同側の脊髄活動の上昇が認められました。加えて非利き手運動では手と反対側の脊髄においても活動が観察されました。これらの結果も過去の報告と一致しており(図 2b)、開発した cs-fMRI 技術による脳脊髄神経活動の測定結果が妥当であることを確認しました。

次に手と同側の脊髄活動とその反対側あるいは同側運動野の神経活動間の相関(機能結合)を利き手、非利き手で比較しました。利き手運動では反対側運動野の活動上昇と脊髄の活動上昇は連れ立っていましたが(図 3a)、同側一次運動野と脊髄の神経活動の間には関係がありませんでした(図 3c)。非利き手運動では、利き手運動と同様に反対側運動野と脊髄の機能結合が観察されました(図 3b)。ところが利き手運動と異なり、非利き手運動では同側運動野と脊髄の機能結合が存在しました。意外なことに、同側運動野の活動上昇が大きいと脊髄の活動上昇はむしろ小さくなっていました(図 3d)。以上のことから、利き手運動、非利き手運動ともに反対側運動野と脊髄の活動に正の相関(促進性の機能結合)がある一方、非利き手運動に限って、同側運動野活動と脊髄活動の間に負の相関(抑制性の機能結合)があることがわかりました。頭蓋上から一次運動野を磁気刺激すると反対側の手指の筋肉が動きます。この事実は反対側運動野と脊髄の活動の関係性と一致します。一方、両側の運動野を同時に磁気刺激すると、反対側の運動野のみを刺激した場合に比べて運動が小さくなることが報告されています。同側運動野の刺激を追加すると運動が小さくなる現象は、同側運動野の活動が同側脊髄の活動に抑制性に作用することを意味します。このような同側脳・脊髄間の抑制系伝導路はサルで確認されており、我々の観察した同側運動野と脊髄の活動間の逆相関(抑制性の機能結合)はこのような抑制系伝導路の働きを反映していると考えました。

次に、運動野と脊髄の神経活動相関の測定結果に基づき計算モデルを用いて異なる脳・脊髄運動伝導路が利き手と非利き手運動にどのように関わるかを推定しました。この解析の焦点は、脊髄活動が両側の運動野活動と関係のあった非利き手運動において、両側の運動野の活動を統合する間接伝導路が関わるのかを知ることです。興味深いことに、計算モデルに間接伝導路の作用を組み込むと脳活動から脊髄活動を説明することができました(図 4)。一方、計算モデルから間接伝導路の作用を除いた場合には説明できませんでした。この結果は、非利き手運動中の脊髄活動の調整に脳・脊髄間接伝導路が関与していることを意味します。

本研究に参加した被験者は全員右利きでしたが、日常生活に必要な細かい作業を全て右手で行う人からある程度左手も用いる両利き傾向の人までその程度には幅がありました。つまり同じ右利きでも利き手の側方化の程度には個人差があります。過去の動物研究を参考に、右利きの程度が強い人ほど利き手運動では反対側運動野を起始とする直接伝導路を、非利き手運動では両側の運動野活動を統合する間接伝導路を使うのではないかとの仮説を立てました。この仮説を検証するため、直接伝導路と間接伝導路の作用が個人間で異なる計算モデルを用いてそれぞれの伝導路の寄与を推定しました。すると、右利き程度が強い人ほど、利き手運動では直接伝導路を、非利き手運動では間接伝導路を多く使っていることがわかりました(図 5)。以上の結果から、右利き健常人において、利き手運動と非利き手運動では直接伝導路と間接伝導路を使う程度が異なることが示唆されました。特に非利き手運動で観察できた、両側運動野の活動を統合する間接伝導路の役割はヒトの研究では過去に報告がなく、脳・脊髄伝導路の個人差と利き手の関係を示した研究は世界的にも例がありません。これらの結果は、われわれが開発した cs-fMRI 法が、既存の手法では解くことが不可能だったヒトの運動制御についての疑問の解明に役立つことを意味します。

今後の展望

本研究では、われわれが独自に開発した cs-fMRI 技術を用いて脳・脊髄活動の相関を非侵襲的に計測し、ヒト手指運動の左右差に関係する脳・脊髄運動伝導路の関わりを解析しました。特にヒトを特徴づける行動特性の一つ、利き手と関係する脳脊髄神経回路の左右非対称性を捉えた世界で初めての研究です。Cs-fMRI 技術の開発により運動野と脊髄の神経活動の相関を解析することが可能になり、動物研究で知られていた複数の脳・脊髄運動伝導路(直接伝導路、間接伝導路)がヒトの手指運動にも関わる証拠を掴むことができました。最近になって脳・脊髄運動伝導路の非対称性は胎児期から新生児期に確立するとの仮説が提出されました。ヒトの発達過程で、脳脊髄の解剖構築に左右非対称性が最初に観察されるのは脊髄です。その後、大脳半球の構造に非対称性が現れます。この観点からも脊髄活動、さらに脳と脊髄の神経活動の相関を切り口にヒト利き手の神経基盤の解明を進めていくことは重要です。今回の研究はそのような研究に資する研究手法を確立したものです。この手法は健常人の神経機構の解明に寄与するだけでなく脳や脊髄の損傷に伴う運動障害の病態の解明に寄与することが期待されます。例えば、脳梗塞や脊髄損傷後の機能回復過程では、運動時の脳活動パターンが健常者と異なることはわかっていますが、脳・脊髄運動伝導路の機能が健康な場合とどう違うのか調べられていません。開発した手法は、脳・脊髄損傷後の機能回復メカニズムの理解を深めるだけでなく、回復の状態を評価する指標として活用できるかもしれません。また、触覚や痛みなどヒト感覚統合の研究にも本手法の活用が期待されます。

用語説明

注 1)脳・脊髄運動伝導路

大脳の運動野からの運動の指令を脊髄運動ニューロンに届けるさまざまな伝導路の総称。大脳皮質から単シナプス性に脊髄運動ニューロンに至る直接伝導路脳幹、脊髄で多シナプス性に中継されて最終的に脊髄運動ニューロンに至る間接伝導路がある。

注 2)機能的磁気共鳴画像法(fMRI)

神経活動に伴う組織内酸素代謝の変化を磁気共鳴画像装置(MRI)で捉える手法。神経活動で酸素需要が高まると、組織内血液還流量が増大し赤血球ヘモグロビンによる酸素供給が起こる。酸素と結合したオキシヘモグロビンと酸素放出後のデオキシヘモグロビンの比率によって MRI 信号変化が起こる。この変化を検出して神経活動を推定する。

注 3)脳脊髄神経活動同時記録 fMRI 技術 (coriticospinal fMRI[cs-fMRI])

上記の fMRI 技術を基盤に大脳と脊髄の神経活動の同時記録を行う技術。当初は感覚刺激に応答する脊髄活動の観察を目的としており、脊髄に限定した神経活動記録法として登場した。近年、運動制御や感覚処理における大脳と脊髄の機能連関を観察する目的でcs-fMRI 技術が誕生した。

 

原著論文情報

・タイトル

A computational model based on corticospinal functional MRI revealed asymmetricallyorganized motor corticospinal networks in humans

・著者

名Eiji Takasawa, Mitsunari Abe, Hirotaka Chikuda, Takashi Hanakawa

・雑誌

Communications Biology

・DOI;

https://doi.org/10.1038/s42003-022-03615-2

助成金

本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって行われました。

・科学技術振興機構 CREST「生体マルチセンシングシステムの究明と活用技術の創出」

・日本学術振興会科学研究費補助金新学術(身体-脳の機能不全を克服する潜在的適応力のシステム論的理解)

・日本学術振興会学術研究費補助金

・AMED 戦略的国際脳科学研究推進プログラム

詳細▶︎https://www.gunma-u.ac.jp/information/137710

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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