深層学習iPhone アプリTDPT-GT を使って自動推定した3 次元相対座標※1を体軸投影2次元相対座標※2に変換して、すり足歩行※3、小刻み歩行※4、開脚歩行※5の病的な歩容※6を定量的に評価する方法を開発しました。
Sensors (2023 年1 月5 日(日本時間)掲載)
研究成果の概要
深層学習iPhone アプリTDPT-GT を使って自動推定した3 次元相対座標を、被検者の体軸に対する矢状断面、冠状断面、軸位断面へ投影した2次元相対座標に変換する方法を新たに開発した。これにより、2次元相対座標の動作軌跡に基づき、関節可動域角度※7や軌跡の中心間距離を計測できるようになり、被検者は直径1m の円を歩くのみで、すり足歩行、小刻み歩行、開脚歩行かどうかを関節可動域角度や軌跡の中心間距離の指標で定量的に評価し、転倒リスクのある病気を早期に検知する手法を開発した。
本研究は、名古屋市立大学、滋賀医科大学、山形大学、株式会社デジタル・スタンダード、信愛会脊椎脊髄センター、洛和会音羽病院正常圧水頭症センターの共同研究による成果である。
【背景】
転倒リスクの高い病的な歩容(歩様、歩き方)として、すり足歩行、小刻み歩行、開脚歩行、すくみ足※8、痙性歩行※9、突進歩行※10、ふらつきなどが知られている。これらの病的歩容になりやすい病気として、脳卒中、特発性正常圧水頭症(iNPH)※11、パーキンソン病、頚椎症などが挙げられる。しかし、これらの病的歩容の評価・判定には、明確な基準や指標が存在しないため、評価者によって評価が異なりやすいことがこれまでの課題であった。
また従来、歩き方を測る機器としては、全身にマーカーを付けて、複数台のカメラを連動させて、マーカーの動きを3次元的に追跡するモーションキャプチャーシステムが良く知られている。しかし、モーションキャプチャーシステムに使用する機器は非常に高額で、広い設置場所と、計測・解析に時間がかかることも課題であった。
そこで、病的な歩き方を誰もが簡単に発見して、重症度を評価できるように、スマートフォンを活用した計測方法を開発する研究を行った。
【研究の成果】
株式会社デジタル・スタンダード(青柳幸彦氏)が開発したiPhone 用アプリ【Three D PoseTracker (TDPT)】(無料ダウンロード)の歩行解析研究用非公開アプリTDPT for Gait Test (TDPTGT)を使って、健常者とiNPH 患者に直径1m の円を2 周歩いてもらい、AI による頭から足先までの全身24 点の3 次元相対座標を自動推定した。この3 次元相対座標から、被検者本人の体軸に対する矢状断面、冠状断面、軸位断面へ投影した2次元相対座標と、その座標の動作軌跡(75%信頼楕円)に基づいた関節可動域角度や軌跡の中心間距離を計算する方法を考案した(下図)。
この方法によって、矢状断面投影2次元相対座標上における左右の股関節の平均可動域角度が30 度未満であれば「すり足歩行」、左右の膝関節の平均可動域角度が45 度未満であれば「小刻み歩行」と「すり足歩行」、かかとの上がり幅が下肢長の10%未満であれば「すり足歩行」である可能性が高いことを発見した。さらに、「開脚歩行」の指標として、下肢の軸位断面2次元投影相対座標上における股関節の動いた軌跡(75%信頼楕円)の中心に対するかかとの動いた軌跡の中心の左右水平外側方向への偏移度と、かかとの動いた軌跡の中心に対するつま先の動いた軌跡の中心の左右水平外側方向への偏移度の合計が下肢長の10%以上が最も信頼性が高かった。これらの「すり足歩行」「小刻み歩行」「開脚歩行」の定量的指標は、体軸面へ投影した2次元相対座標に変換することで計測が可能となった関節の可動域角度や軌跡の中心間距離などに基づいており、シンプルで分かりやすく、また多くの人が保有するスマートフォンのアプリを活用しているため、広く浸透しやすく、一般化が期待される。
【研究のポイント】
・iPhone 用アプリTDPT-GT で、頭から足先までの3 次元相対座標の自動推定が可能になった。
・3次元相対座標を矢状面、冠状面、軸位面へ投影した2次元相対座標に変換する方法を考案。
・すり足歩行、小刻み歩行、開脚歩行を定量的評価し、高い精度で検出・評価する指標を発見。
・転倒リスクのある病的歩容をスマートフォンアプリで、誰もが検知できる社会へ。
【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】
この研究によって考案された被検者本人の矢状断面、冠状断面、軸位断面へ投影した2次元相対座標は、従来のモーションキャプチャーシステムを使った歩行解析にも応用可能である。
iPhone 用アプリTDPT-GT で推定したヘソを中心とした3 次元相対座標には床面が存在しないため、従来の歩行解析のように立脚期と遊脚期に分離せずに、矢状断面では足が前後に振り子のように動く様子を観察する。この振り子の振れ幅を関節可動域角度と定義した歩行解析はこれまでにない斬新な指標である。また、従来は高度な専門知識を有する病院や研究機関のスタッフにしか行えなかった歩行動作解析や病的歩容の評価が、本研究を発展させることで、多くの人が持っているスマートフォンを活用して、簡単に数値化することができると考えている。これにより、病院、医院、介護施設だけでなく、家庭でも気軽に病的な歩き方を計測できるようになり、超高齢化社会の我が国において介護が必要となる原因の一つである「転倒・骨折」のリスクを早期に検知し、予防的な介入を行うことが可能と考えている。
【用語解説】
※1 3 次元相対座標:3次元空間に被検者のヘソを中心として頭までの長さを1、かかとまでの長さを1 とした相対的な座標。
※2 体軸投影2次元相対座標:頭から体の中心軸を体軸と呼び、この軸に対する前後方向を矢状断面、左右方向を冠状断面、頭の真上もしくは真下から観察した軸位断面を作り、これらの面に3 次元相対座標を投影した座標。
※3 すり足歩行:つま先やかかとが床面から離れないで、滑るように歩く様子。
※4 小刻み歩行:小股で歩く様子。
※5 開脚歩行:足を広げて歩く様子。つま先が開いていても、足の幅が開いていても良い。
※6 歩容:歩く様、歩き方。すくみ足、すり足、開脚歩行、小刻み歩行、痙性歩行、突進歩行、ふらつきなどの病的な歩き方に使われることが多い。
※7 関節可動域角度:歩行動作中に振り子のように動く下肢の関節の動いた角度。
※8 すくみ足:足が地面にくっついて離れないような歩き方。
※9 痙性歩行:着地の時に自然に関節が動かず、足を突っ張らせながら歩く様子。
※10 突進歩行:かかとでブレーキをかけることができず、前のめりになって突進するように歩く様子。
※11 特発性正常圧水頭症(iNPH):頭痛などの頭蓋内圧亢進症状のない大人の慢性水頭症のことを『正常圧水頭症』と呼ばれる。このうち、くも膜下出血や頭部外傷、髄膜炎などに続いて発症する水頭症を続発性正常圧水頭症、これらの先行する疾患がなく、高齢になって歩けなくなって転倒する、物忘れが進行する、頻尿とトイレが間に合わない切迫性尿失禁などの症状で見つかることの多い水頭症を特発性正常圧水頭症と分類される。
【研究助成】
・一般財団法人G-7 奨学財団 [研究課題名:高齢者の病的歩容と転倒リスクの自動判定システムの開発]
・大阪ガスグループ福祉財団 [研究課題名:集団行動制限環境下においても高齢者の健康・日常生活動作をリモートで見守るAI システムの導入]
・公益財団法人大樹生命厚生財団 [研究課題名:特発性正常圧水頭症患者のアルツハイマー型認知症併存を判別する認知機能評価の確立]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:脳脊髄液の新規流体解析を用いた正常圧水頭症の病態解明]
【論文タイトル】
Quantitative gait feature assessment on two-dimensional body axis projection planesconverted from three-dimensional coordinates estimated with a deep learning smartphoneapp
【著者】
山田 茂樹1, 2, 3)、青柳 幸彦4)、伊関 千書5)、近藤 敏行5)、上田 茂雄6)、毛利 圭佑7)、深見 忠典8)、谷川 元紀1)、間瀬 光人1)、寳子丸 稔6)、石川 正恒2, 9)、太田 康之5) 、他
所属 1;名古屋市立大学 脳神経外科学
2;洛和会音羽病院 正常圧水頭症センター
3;東京大学 生産技術研究所
4;株式会社デジタル・スタンダード
5;山形大学 医学部 内科学第三講座 神経学分野
6;信愛会脊椎脊髄センター
7;滋賀医科大学
8;山形大学 理工学研究科 情報科学分野
9;洛和ヴィライリオス
【掲載学術誌】
学術誌名:Sensors
DOI 番号:10.3390/s23020617
詳細▶︎https://www.nagoya-cu.ac.jp/press-news/202301271000/
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。