ポイント
・パーキンソン病の病因分子の一つである「PARK9」が、水素イオンとカリウムイオンを輸送するタンパク質であることを発見しました。
・PARK9 による水素イオンとカリウムイオンの輸送異常が、パーキンソン病の原因となる「α-シヌクレイン」の細胞内蓄積に関与することを突き止めました。
・本研究成果は、パーキンソン病の発症機構や治療方法の解明に向け、新たな道を開くことが期待できます。
概要
富山大学 薬学部薬物生理学研究室の藤井拓人助教、酒井秀紀教授、同 生命科学先端研究ユニットの田渕圭章教授、同 医学部消化器・腫瘍・総合外科(第二外科)の藤井努教授、奥村知之講師、東京慈恵会医科大学の永森收志准教授、ウィリヤサムクン パッタマ講師、京都大学の竹島浩教授らの国内共同研究グループは、パーキンソン病の病因分子の一つである「PARK9※1」が、水素イオンとカリウムイオンを輸送するタンパク質であることを発見しました。パーキンソン病患者の脳には、「α-シヌクレイン※2」と呼ばれる病原(変性)タンパク質の異常な凝集体が「ゴミ」のように蓄積しており、運動に関わるドパミン神経細胞※3が死に至ると考えられています。
藤井、酒井らの研究グループは、PARK9 による水素イオンとカリウムイオンの輸送機能が阻害されると、α-シヌクレインの処理(分解)機能が低下し、細胞内に α-シヌクレインの異常な蓄積が引き起こされるという新しいパーキンソン病発症メカニズムを明らかにしました。本成果は、パーキンソン病の病態理解や治療方法の解明に新たな道を開くものと期待されます。
本研究成果は英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版において、
2023 年 4 月 20 日(木)午後 6 時(日本時間)
(4 月 20 日(木)午前 10 時(ロンドン時間))に掲載されます
研究の背景
パーキンソン病は 10 万人あたり約 150 人の割合(60 歳以上では 100 人に約 1 人)でみられる難病の一つで、振戦(手足・首が震える)や筋固縮(手足がこわばる)など深刻な運動症状を示す神経変性疾患です。パーキンソン病患者の脳内では、病原(変性)タンパク質である α-シヌクレインが異常に蓄積され、運動機能を司るドパミン神経細胞が死に至ると考えられています。しかし、α-シヌクレインが脳内に「ゴミ」のように蓄積するメカニズムの全容は明らかにされていません。パーキンソン病が発症・進行する仕組みを理解するには、α-シヌクレインが蓄積するメカニズムを明らかにする必要があります
研究の内容・成果
藤井、酒井らの研究グループは、パーキンソン病患者において多数の変異が報告されている病因分子の一つである「PARK9」が、細胞内における「ゴミ処理場」(不要・異常タンパク質を分解する場)であるリソソーム※4に存在し、水素イオンとカリウムイオンを輸送するタンパク質として機能することを発見しました(上図)。
興味深いことに、この機能はパーキンソン病患者で報告されている変異によって著しく低下することがわかりました。パーキンソン病患者の脳内では PARK9 による水素イオンとカリウムイオンの輸送機能が低下しているものと考えられます。
また、PARK9 のイオン輸送機能が、消化性潰瘍や逆流性食道炎の治療薬として使用されている酸分泌抑制剤によって阻害されることを見出しました。PARK9 の輸送機能が阻害されると、リソソームの分解能力(ゴミ処理能力)が低下し、「α-シヌクレイン」の異常な蓄積が引き起こされました(下図)。
以上より、PARK9 による水素イオンとカリウムイオンの輸送機能は、α-シヌクレインが脳内に蓄積することを防ぐ重要な役割を担っており、パーキンソン病患者ではその機能が低下することで α-シヌクレインの異常な蓄積が引き起こされることが示唆されます。
今後の展開
本研究によって、「水素イオンとカリウムイオンの輸送異常が α-シヌクレインの脳内での蓄積の引き金となる」という、パーキンソン病の発症につながる新しいメカニズムが明らかになりました。本成果は、パーキンソン病の発症メカニズムや治療方法の解明に向け、新たな道を切り開くものと期待できます。
研究成果の概念図
パーキンソン病では、運動に関わるドパミン神経細胞が死ぬことで、シグナル伝達が不全になり運動機能の障害(手足が震える、こわばる等)が生じる。正常時の神経細胞では、PARK9 の水素イオン(H+)とカリウムイオン(K+)の輸送によりα-シヌクレインの分解が促進される(上図)。しかし、パーキンソン病患者では、PARK9のイオン輸送機能が低下しており、α-シヌクレインが分解されず蓄積することで神経細胞が死に至る(下図)。
【用語解説】
※1 PARK9
パーキンソン病の原因分子の一つ。パーキンソン病患者において変異が多数見つかっており、その異常がパーキンソン病と関連していると考えられています。
※2 α-シヌクレイン
正常では神経機能の調節に関わる分子。パーキンソン病では、異常に折りたたまれ凝集し、神経細胞内に蓄積する病原(変性)タンパク質。α-シヌクレインが異常に蓄積されることで、神経細胞の死が引き起こされ、運動障害などの症状が発症すると考えられています。
※3 ドパミン神経細胞
運動機能や姿勢維持を司る中脳・黒質に多く存在し、神経伝達物質であるドパミンを放出する神経細胞。パーキンソン病では、ドパミン神経細胞が死ぬことで、ドパミンの放出量や伝達機能が低下し運動機能障害が生じると考えられています。
※4 リソソーム
細胞内外から運ばれてきた不要な分子(異常タンパク質など)を分解する細胞内小器官。分解するための様々な消化酵素がリソソーム内に含まれています。
【論文詳細】
論文名:
Parkinson's disease-associated ATP13A2/PARK9 functions as a lysosomal H+, K+-ATPase
著者:
藤井拓人 1, *, 永森收志 2, Pattama Wiriyasermkul2, Shizhou Zheng1, 矢後亜沙佳 1, 清水貴浩 1, 田渕圭章 3, 奥村知之 4, 藤井努 4, 竹島浩 5, 酒井秀紀 1,*(*:藤井拓人と酒井秀紀は共同責任著者)
1富山大学 学術研究部 薬学・和漢系 薬物生理学研究室
2東京慈恵会医科大学 SI 医学応用研究センター・臨床検査医学講座
3富山大学 研究推進機構研究推進総合支援センター 生命科学先端研究支援ユニット
4富山大学 学術研究部 医学系 消化器・腫瘍・総合外科
5京都大学 薬学研究科 生体分子認識学分野
掲載誌:
Nature Communications (2023 年 4 月 20 日(木)付け)
DOI: 10.1038/s41467-023-37815-z
詳細▶︎https://www.u-toyama.ac.jp/wp/wp-content/uploads/20230420_2.pdf
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。