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人類の月面生活実現への新たな一歩となる月面重力下におけるマウスの筋肉の量と質の変化の違いを解明

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宇宙航空研究開発機構(JAXA)と筑波大学の研究チームは、JAXAが開発した微小重力から1Gまでの人工重力環境下でマウスを飼育できる世界で唯一の装置(可変人工重力研究システム:MARS注1))を用い、国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟でマウスを3 種類の重力環境下(微小重力、月面重力=1/6G、地球上重力=1G)で約1カ月間飼育し、姿勢の保持に働く筋肉(抗重力筋)であるヒラメ筋の量と質の変化を解析しました。その結果、微小重力下で生じる量的変化(萎縮)が月面重力下では抑制される一方で、質的変化(筋線維タイプの速筋化)の程度は、月面重力下では微小重力下よりも低くなったものの、完全には抑制されませんでした。これにより、ヒラメ筋の筋量の維持と筋線維タイプの維持には、異なる重力閾値が存在することを突き止めました。

本研究成果は、Nature Researchが提供するオープンアクセス・ジャーナル『Communications Biology』誌に2023年4月21日付で掲載予定です。

米国が中心となった有人月探査「アルテミス計画」が進められるなど、人類が再び月を目指す新時代の幕が開けようとしています。人類が宇宙に進出する際に克服しなければならない問題の一つが、宇宙空間や月面における重力負荷の低下による生体への影響です。これまでの研究で、骨格筋(筋肉)の中でも、ヒラメ筋は宇宙での微小重力環境で萎縮と筋線維タイプの速筋化が生じることが分かっていますが、微小重力と1Gの間の重力環境(パーシャルG)でどのような変化が生じるかはわかっていませんでした。

本研究は、MARSを用いたパーシャルGにおける初めての科学的成果であり、また、重力負荷によって制御されているマウス骨格筋の恒常性が、質的と量的にそれぞれ別の重力閾値によって制御されていることを示す世界初の成果です。この成果は、今後の有人宇宙探査に向けた基礎データとなると共に、筋疾患や加齢に伴う骨格筋の量や質が変化するメカニズムを解明し、さまざまな筋疾患に対する予防・治療法の確立に貢献することが期待できます。

責任著者

宇宙航空研究開発機構(JAXA)きぼう利用センター

 芝大 技術領域主幹

筑波大学医学医療系/トランスボーダー医学研究センター

 工藤崇 准教授

 高橋智 教授

研究の背景

骨格筋(筋肉)はさまざまな要因によって量や質を変化させる可塑性の高い組織です。特に、骨格筋の質の変化は、見た目では判断しにくいですが、恒常性の維持には重要です。

骨格筋を構成する筋線維は、収縮特性や代謝特性から遅筋と速筋に分類することができます。遅筋はマラソンのような持久的な筋収縮が得意です。一方、速筋は収縮スピードが速く、瞬間的に大きな力を出す特性があります。遅筋はタイプIと呼ばれる筋線維を多く含んでいます。速筋はヒトでは2種類(タイプIIa, IIx)、マウスなどのげっ歯類では3種類(タイプIIa, IIx, IIb)の筋線維タイプを多く含んでいます。

宇宙飛行士や動物の研究により、宇宙空間では骨格筋の急速な筋萎縮(量的変化)と筋線維タイプの変化(質的変化)が起こることが分かっています。筋量の減少や遅筋化(タイプIの増加、タイプIIの減少)は、地上では寝たきりなどによる廃用性症候群や加齢で引き起こされます。筋量の増加や速筋化(タイプIの減少、タイプIIの増加)は高強度な筋力トレーニングなどにより引き起こされます。一方で宇宙空間では、微小重力以外に宇宙放射線などの影響もあるため、詳細な分子メカニズムは分かっていません。

JAXAはこれまで、遠心機により、微小重力から1Gまでの重力を宇宙空間で発生させることができるマウス飼育システム(MARS)を開発しています。JAXAと筑波大学の研究チームはこのシステムを利用し、国際宇宙ステーション(ISS)において微小重力(マイクロG)と人工重力(1G)環境下でマウスを約1カ月間飼育し、骨格筋に与える影響を解析したところ、宇宙空間で生じる骨格筋の変化は人工重力(1G)環境によりほぼ完全に抑制されました。即ち、宇宙空間における骨格筋の筋萎縮や、筋線維タイプの速筋化は主に重力変化に起因することを示しています(参考論文1、2)。この結果を受け、研究チームは骨格筋可塑性を制御する重力閾値はどこにあるのかに疑問を持ちました。

そこで本研究では、微小重力から1Gまでの間に、骨格筋の可塑性を制御する重力閾値が存在するのかを明らかにするために、MARSで月面重力(1/6G)を発生させ、骨格筋の量と質の変化が抑制できるかどうかを組織学的および網羅的遺伝子発現解析の視点から検証しました。

研究内容と成果

本研究では、ISSの「きぼう」日本実験棟における3回の飼育ミッション(MHU-1, 4, 5ミッション注2)で得られたマウス骨格筋(ヒラメ筋)のデータを総合的に解析しました。MHU-1ミッションでは地球重力と同じ人工重力(1G)および微小重力(マイクロG)環境下で、MHU-4, 5ミッションでは月面重力(1/6G)環境下で、いずれもマウスを約1カ月間飼育し、それぞれの重力環境で起こるヒラメ筋注3)の量的変化および筋線維タイプ注4)の質的変化を検討しました。また、人工重力(1G)の対照実験として、地上対照実験も行いました。

微小重力下では、地上対照や人工重力(1G)と比べて筋重量や筋線維断面積の減少が引き起こされました。一方、月面重力では筋重量や筋線維断面積の減少は見られず、地上対照や人工重力(1G)と同程度であり筋萎縮は抑制されていました。

一方、微小重力下で誘導される筋線維タイプの速筋化は、月面重力下では、その程度が微小重力下よりも低くなりました。しかし、完全には抑制されておらず、地上対照や人工重力(1G)と比べて速筋化が生じていることが明らかとなりました(図a)。

これは、月面重力は、宇宙空間における筋萎縮を抑制するのには十分な刺激である一方、筋の質的変化である速筋化を抑制するには不十分であることを示唆しています。実際にヒラメ筋のRNAシークエンシング注5)データを比較したところ、月面重力下と微小重力下では、一部異なる遺伝子発現パターンを示すものがありました(図b)。

本研究は、重力負荷によって制御されているマウス骨格筋の恒常性は、質的と量的にそれぞれ別の重力閾値によって制御されていることを世界で初めて明らかにしました。

今後の展開

将来的な月探査や月移住に向けて、月面重力(1/6G)が骨格筋に与えている影響の詳細なメカニズムの解明は重要です。本研究のような宇宙生物学における実験手法の発展は、人類の宇宙進出に貢献するだけでなく、地上における骨格筋の筋萎縮を防ぐ方策の構築にもつながると考えられます。また、宇宙飛行による全身の変化は加齢変化と類似しています。中でも加齢に伴う骨格筋の機能低下であるサルコペニアは現代社会の解決すべき問題の一つです。本研究成果から、宇宙飛行が骨格筋に与える影響のメカニズムを明らかにし、サルコペニアを含むさまざまな筋疾患に対する予防・治療法の確立が期待されます。

参考図

図 本研究の実験概要と結果(論文に掲載したデータをもとに筑波大学にて改編)

(a)宇宙実験の概要とヒラメ筋の組織解析。地上では、1Gコントロールとして地上対照群、国際宇宙ステーションでは、人工重力群(1G)、月面重力群(1/6G)、微小重力群(マイクロG)をそれぞれ飼育した。微小重力下では筋線維断面積が減少しているが、月面重力下では筋線維断面積の減少は観察されなかった。免疫組織学的解析によるヒラメ筋筋線維タイプ解析では、微小重力下および月面重力下ではタイプ  IIbの筋線維が増加し、筋線維タイプが速筋化していた。

(b)ヒラメ筋における遺伝子発現の階層性クラスタリングとヒートマップ注6)。地上対照、人工重力、微小重力、月面重力のマウスヒラメ筋のRNA-シークエンシングデータを可視化した。遺伝子発現量は、赤色が濃いほど高く、青色が濃いほど低いことを示す。微小重力下と月面重力下での制御されている遺伝子は部分的に似ているが、微小重力でのみ遺伝子発現量が変化しているクラスター4が観察された。

参考論文

1)Shiba, D. et al. Development of new experimental platform 'MARS'-Multiple Artificial-gravity Research System-to elucidate the impacts of micro/partial gravity on mice. Sci Rep 7, 10837 (2017). https://doi.org/10.1038/s41598-017-10998-4

2)Okada, R. et al. Transcriptome analysis of gravitational effects on mouse  skeletal muscles under  microgravity  and artificial 1 g onboard environment. Sci  Rep 11, 9168 (2021). https://doi.org/10.1038/s41598-021-88392-4

用語解説

注1)可変人工重力研究システム: MARS(Multiple Artificial-gravity Research System)

月・火星などに向けた有人探査へのテストベットとして「きぼう」を活用し、国際宇宙探査へ科学的に貢献することを目指し、マイクロGから1Gの人工重力環境を発生させるために開発された装置。月面等の重力を模擬できる世界で唯一日本だけが有する研究環境。

注2)MHU-1, 4, 5ミッション

MHU-1:平成24年度「きぼう」利用テーマ募集重点課題区分にて選定されたテーマ「マウスを用いた宇宙環境応答の網羅的評価」(代表研究者:筑波大学医学医療系教授高橋智)

MHU-4,5:JAXAが実施した「JAXA小動物飼育ミッション月面低重力環境設定の技術実証」。JAXAは人工重力発生システムの開発・マウスの軌道上飼育等を担当し、筑波大学は取得試料の解析を担当。

注3)ヒラメ筋

ヒトの下肢骨格筋やマウス後肢骨格筋のひとつ。遅筋線維(タイプI)が優位な抗重力筋の一つ。

注4)筋線維タイプ(マウス)

形態的および機能的特徴から遅筋線維と速筋線維に分類される。遅筋線維は持続力、速筋は瞬発力に特化した筋線維。組織学的特徴から、遅筋線維はタイプI、速筋線維はタイプIIに相当し、マウスのタイプIIはさらにタイプIIa, IIx, IIbに分類される。タイプIを多く含む骨格筋は抗重力筋とも呼ばれる。微小重力下ではその機能をほとんど必要としないため、速筋化が起きると考えられる。

注5)RNA-シークエンシング

次世代シークエンサ―(大量の核酸配列を同時に解読できる装置)を用いて、網羅的に遺伝子発現レベルを解析する手法。

注6)階層性クラスタリングとヒートマップ

RNA-シークエンシングのデータを分かりやすく可視化するための方法。階層性クラスタリングは、遺伝子発現変化が類似したものを樹形図のように表現するもので、ヒートマップは個々の遺伝子発現量を色やその濃淡で表現した可視化グラフ。

研究資金

本研究は、きぼう利用テーマ重点課題「マウスを用いた宇宙環境応答の網羅的評価(14YPTK-005512)」および科学研究費補助金新学術領域研究「宇宙環境から挑む筋萎縮メカニズムの解明(18H04965)」にて実施されました。

掲載論文

【題名】Lunar gravity prevents skeletal muscle atrophy but not myofiber type shift in mice.

(月重力は筋萎縮を抑制するが、筋線維タイプの変化は抑制できない)

【著者名】林卓杜1、藤田諒1、岡田理沙2、濱田理人1、鈴木陸1、布施谷清香1、James Leckey 1、金井真帆1、井上由理1、定木駿弥1、中村綾乃1、岡村結1、安部力3、森田啓之4、相羽達弥2、専光寺旭洋2、下村道彦2、岡田麻希2、上村大輔2、湯本茜2、村谷匡史1、工藤崇1、芝大2、高橋智1 1.筑波大学医学医療系、2. JAXA有人宇宙技術部門、3. 岐阜大学、4. 東海学院大学【掲載誌】Communications Biology

【掲載日】日本時間2023年4月21日(金) 午後6時(オンライン公開)

【DOI】10.1038/s42003-023-04769-3

詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20230421180000.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。

人類の月面生活実現への新たな一歩となる月面重力下におけるマウスの筋肉の量と質の変化の違いを解明

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