情報データ科学部の高橋将宜准教授は,東北大学東北メディカル・メガバンク機構の千葉一平助教,および国立長寿医療研究センター予防老年学研究部との共同研究で,新型コロナウイルス感染症の感染拡大による緊急事態宣言が地域在住高齢者の身体活動量に影響するか検証しました。本研究で得られた成果は,インパクトファクター付きの学術誌「BMC Public Health (Springer Nature)」に掲載されました。
背景と目的
新型コロナウイルス感染拡大下の緊急事態宣言発出により,高齢者の身体活動量低下が報告されているが,客観的な測定方法や因果に言及可能なデザインを用いた研究は見られない。そこで,本研究では,高齢者における緊急事態宣言発出の身体活動への影響を客観的な測定と回帰不連続デザインという準実験デザインを用いて検討することを目的とした。
方法:データ測定
本研究では,愛知県高浜市において国立長寿医療研究センターと花王株式会社が共同で実施している身体活動測定プログラムのデータを用いた。本プログラムでは,2015-17年に実施した高齢者機能健診参加者に対し活動量計HW-100を配布し,継続的な身体活動測定と公共施設等に設置した端末での研究機関への定期的なデータ送信および活動状況レポートの出力(本人への結果回付)を依頼した。参加者のうち2020年2月から2021年7月まで継続して身体活動測定を実施した1,773名(2020年2月1日の年齢74.6±6.3歳, 女性53.9%)を分析対象とした。
活動量計HW-100(Kao Corp)による強度別活動時間の計測
測定項目
• 歩数(歩/日)
• 中高強度身体活動時間(MVPA)(分/日):3.0METs以上
• 低強度身体活動時間(LPA)(分/日):1.6~2.9METs
方法:解析
回帰不連続デザインを用いて,観察期間中3回発出(2020年4月7日, 2021年1月8日, 5月25日開始)された緊急事態宣言に伴う身体活動量(歩数,低強度身体活動時間[LPA : 1.6~2.9METs],中高強度身体活動時間[MVPA : 3.0METs以上])の低下について検討した。回帰不連続デザインのバンド幅は,宣言開始前後14, 28, 56日間とした。欠測値は多重代入法を用いて処理した。解析に用いた回帰不連続デザインについては高橋(2022, pp.209-254)を,また,多重代入法については,高橋・渡辺(2017)を参照されたい。
結 果
1回目の緊急事態宣言期間開始後に歩数(964.3 歩/日),LPA(5.5 分/日),MVPA(4.9 分/日)の有意な上昇が見られた(いずれもバンド幅14日間)。しかし,バンド幅の拡大により影響は減少した。2回目において,バンド幅14日間では歩数(-609.7 歩/日),LPA(-4.6 分/日),MVPA(-2.8 分/日)の有意な下降が見られたが,バンド幅56日間では歩数(143.8 歩/日),MVPA(1.3 分/日)の有意な上昇が見られた。3回目においては,LPAはすべてのバンド幅に対して一貫して有意な低下が見られた(-2.1, -3.0, -0.8 分/日)。しかし,歩数(-529 歩/日)とMVPA(-2.6 分/日)はバンド幅28日の場合においてのみ有意な低下が見られた。性別,2020年2月の身体活動量,年齢(75歳以上/未満)で層化した分析でも同様の傾向を示した。
結 論
緊急事態宣言下であっても,身体活動を定期的にセルフモニタリングしている高齢者の間では,身体活動量が低下していなかったという非常に興味深い結果が明らかとなった。
論文情報
論文タイトル:Association between COVID-19 emergency declarations and physical activity among community-dwelling older adults enrolled in a physical activity measurement program: Evidence from a retrospective observational study using the regression discontinuity design
掲載誌:BMC Public Health (Springer Nature)
DOI:https://doi.org/10.1186/s12889-023-15932-0(オープンアクセス)
共同筆頭著者(co-first authors)
千葉一平:国立長寿医療研究センター,東北大学東北メディカル・メガバンク機構
高橋将宜:長崎大学情報データ科学部
共著者
李相侖:国立長寿医療研究センター
裵成琉:国立長寿医療研究センター,東亜大学校
牧野圭太郎:国立長寿医療研究センター,日本学術振興会
片山脩:国立長寿医療研究センター,日本学術振興会
原田健次:国立長寿医療研究センター
冨田浩輝:国立長寿医療研究センター
森川将徳:国立長寿医療研究センター
山城由華吏:花王株式会社
高柳直人:花王株式会社須藤元喜:花王株式会社
島田裕之:国立長寿医療研究センター
参考文献
高橋将宜(2022)『統計的因果推論の理論と実装:潜在的結果変数と欠測データ』,共立出版
高橋将宜・渡辺美智子(2017)『欠測データ処理:Rによる単一代入法と多重代入法』,共立出版
詳細▶︎https://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/science/science309.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。