神戸大学大学院保健学研究科の尾倉朝美博士研究員、井澤和大准教授らの研究グループは、重度の腎臓病を持つ心臓疾患患者の有酸素運動の能力は骨格筋ではなく、貧血や心臓の機能低下が影響することを明らかにしました。現在、有酸素運動の能力の改善には骨格筋機能の改善を目的とした運動が推奨されています。しかし、重度の腎臓病を持つ心臓疾患患者では、運動の効果は乏しく、貧血の治療などが優先されるべきであることが示されました。重度の腎臓病を持つ心臓疾患患者の有酸素運動の能力を改善する治療方法の確立につながることが期待されます。
この研究成果は、9月8日に、American Journal of Cardiologyに掲載されました。
ポイント
・腎臓病を持つ心臓疾患患者の有酸素運動の能力は何によって規定されているのかを、腎臓病の重症度別に明らかにしました。
・心臓疾患患者の有酸素運動の能力には、重度の腎臓病を持つ患者では貧血や心臓の機能低下が影響し、中等度の腎臓病を持つ患者では骨格筋機能の低下が影響することが示されました。
・腎臓病を持つ心臓疾患患者の有酸素運動の能力を改善する治療方法の確立につながることが期待されます。
研究の背景
心臓疾患患者の有酸素運動の能力は生命予後や日常生活に大きく影響します。心臓疾患患者の有酸素運動の能力は低値であることが問題となっています。その中でも、腎臓病を合併している患者では更に低値になると報告されています。心臓疾患患者が受ける心臓リハビリテーションの目的の1つは、有酸素運動の能力を改善し、健康寿命を伸ばしたり、楽にできる活動を増やすことです。有酸素運動の能力を改善するためには、低下の原因を明らかにすることが必要です。心臓疾患患者の有酸素運動の能力低下の原因は多様ですが、腎臓病を有する患者では腎臓病の病態も影響するために原因は複雑化します。また、腎臓病はその重症度によっても病態が異なります。したがって、心臓疾患患者の有酸素運動の能力低下の原因は腎臓病の有無とその重症度によって異なることが考えられます。原因が異なれば介入方法も異なります。今回、より効果的な有酸素運動の能力改善の治療方法の確立に向けて、心臓疾患患者の有酸素運動の能力を腎臓病の重症度別に検証しました。
研究の内容
本研究の対象者は、2016年4月から2021年8月の間に心肺運動負荷試験を受けた250例の心臓疾患(心筋梗塞、狭心症、心不全)患者でした。心肺運動負荷試験の信頼性確保の基準に満たない例やデータ欠損例を除外した201例が最終解析対象者となりました。有酸素運動の能力の評価には、心肺運動負荷試験で得られる“嫌気性代謝閾値※1 (Anaerobic threshold:AT)”を用いました。腎臓病の重症度の評価には、推定糸球体ろ過率(eGFR:ml/min/kg)を用い、対象者を3群 (<45群、45-59群、≥60群)に分けました。
ATは腎臓病の重症度が高いほど統計学的にも低値を示しました(<45群:10.9±2.1 vs 45-59群:12.4±2.5 vs ≥60群:14.0±2.6, p <0.001)。腎臓病の重症度別にAT低値の原因を求めた統計解析の結果、eGFR<45群(重度の腎臓病)ではヘモグロビン値と左室駆出率※2、eGFR45-59群(中等度の腎臓病)では、ΔPETO2(安静時からATまでの呼気終末酸素分圧※3の変化量)がAT低値の原因となりました。
ATは、乳酸産生が乳酸クリアランスを上回り、乳酸の蓄積が始まるポイントです。腎臓病の重症度別のAT低値の原因について、図に示しています。eGFR<45群におけるヘモグロビン低値、つまり貧血は解糖系活性を引き起こし、過剰に乳酸を産生させます。また、左室駆出率低下は、心臓から拍出される血液量が減少するため、循環不全となり、乳酸クリアランスを低下させます。乳酸産生が過剰な状態にあるにも関わらず、乳酸クリアランスも低下することから、乳酸蓄積が促進され、AT低値につながると考えられます。一方、eGFR45-59群においては、ΔPETO2低値は骨格筋のミトコンドリア機能障害を反映する可能性があることから、ミトコンドリア機能障害が乳酸クリアランスを低下させることが、乳酸蓄積を促進し、AT低値につながっていると考えられます。
本研究の新規性は、心臓疾患患者における有酸素運動の能力が低い原因は腎臓病の重症度によって異なることを明らかにし、改善には腎臓病の重症度に応じた介入が必要であることを示したことです。重度の腎臓病を持つ心臓疾患患者では貧血の改善を図ることが必要であり、中等度の腎臓病を持つ心臓疾患患者では骨格筋のミトコンドリア機能の改善に向けた運動療法が重要となります。
図:各群におけるAT低値の原因
今後の展開
今までの報告では、心臓病患者の有酸素運動の能力の改善には運動療法が推奨されています。今回、重度の腎臓病を持つ心臓疾患患者では、運動療法だけではなく、貧血の改善を図る重要性が示めされました。今後は、有酸素運動の能力を改善し、健康寿命の延伸や、楽に行える活動範囲を増やすためには、ヘモグロビン値をどの程度まで改善させる必要があるのかについて検証していきたいと考えています。
用語解説
※1 嫌気性代謝閾値
運動の強度を徐々に増加させた時に、有酸素運動に無酸素運動が加わる運動強度の閾値のこと。無酸素運動では、乳酸産生が増加して二酸化炭素排泄量が増えるために、嫌気性代謝閾値以降は換気量が増加する。
※2 左室駆出率
左室は心臓から全身に血液を送り出す部位。左室に入った血液の何割が全身に送り出されたかを表す指標。左室駆出率の低下は、心臓が収縮する力が低くなっていることを反映する。
※3 呼気終末酸素分圧
呼気から吸気に転換する直前の呼気中に含まれる酸素の分圧。肺胞内の酸素分圧の指標。運動時に酸素が骨格筋で消費される量が多いと、呼気終末酸素分圧は減少する。
論文情報
タイトル
DOI:
10.1016/j.amjcard.2023.07.180
著者
Asami Ogura 1,2,3, Kazuhiro P. Izawa 2,3, Hideto Tawa 4, Masaaki Wada 1, Masashi Kanai 2,3, Ikko Kubo 2,3, Ayano Makihara 2,3, Ryohei Yoshikawa 4, Yuichi Matsuda 4
- Department of Rehabilitation, Sanda City Hospital
- Department of Public Health, Graduate School of Health Sciences, Kobe University
- Cardiovascular Stroke Renal Project (CRP)
- Department of Cardiology, Sanda City Hospital
掲載誌
The American Journal of Cardiology
詳細▶︎https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2023_09_19_02.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。