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筋線維伸長の抑制機構を解明 ― 人間の骨格筋が伸ばされるときのギアリング効果 ―

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発表のポイント

・人間の骨格筋が伸ばされるときに、筋線維が3次元的にその方向を変化させ、筋線維の伸長の程度が少なくなることが明らかになった。

・筋の伸長時に筋線維が引き伸ばされる程度を抑制する機構として、筋伸長時のギアリング効果が役立っていることが想定される。

・今回の研究成果は、スポーツやリハビリテーションの現場における障害予防や柔軟性(関節の可動性)の効果的な向上方法の発見に繋がることが期待できる。

概要

早稲田大学スポーツ科学学術院の川上 泰雄(かわかみ やすお)教授、同志社大学スポーツ健康科学部の高橋 克毅(たかはし かつき)助手らの研究グループは、人間の骨格筋が伸ばされるときに、筋線維※1が3次元的にその方向を変化させることで筋線維の伸長の程度が少なくなることを明らかにしました。

本研究成果は、『Medicine & Science in Sports & Exercise』(論文名:Coronal as well as sagittal fascicle dynamics can bring about a gearing effect in muscle elongation by passive lengthening)にて、2023年10月18日(水)に掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

私たちの身体の柔軟性は、関節をまたぐ骨格筋が受動的に引き伸ばされた際の伸長のしにくさと関連します。一般的な骨格筋のイメージ図では、筋線維の束である筋束※2が筋全体に渡って走行するような構造が想定されます(図1A)。

 

図1:一般的な構造(A)と羽状構造(B)を有する骨格筋の受動的伸長時の変形。

羽状筋(B)の筋束が回転すると、筋束の伸長よりも筋全体の伸長が大きくなる(ギアリング効果)。

 

この場合、受動的に筋が伸長する際、筋全体と個々の筋束の長さ変化はおおよそ一致します。しかし、人体に存在する骨格筋の多くは、短い筋束が鳥の羽のように斜めに走行する羽状構造を示します(図1B)。

このような構造を有する筋(羽状筋)の筋束が長さを変化させる際に回転(走行角度が変化)することが示されています。筋束の回転は、幾何学的に、筋全体の長さ変化よりも筋束の長さ変化を小さくする(ギアリング)効果をもたらします。本研究のグループはこれまでに、羽状筋の筋束は実際には3次元的な広がりをもって分布していることを示しました(図2B参照)が、筋束の3次元形状の伸長時の変化や、ギアリング効果に及ぼす影響については不明でした。

 

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究は、典型的な羽状筋である腓腹筋内側頭(つま先立ち動作の主働筋の1つ)を対象として、3つの異なる足関節角度における筋全体と個々の筋束の形状を測定し、安静状態のもとで短縮位(底屈20°)から伸長位(背屈20°)に移り代わる際の3次元的な動態を詳細に検討しました。その結果、受動的な足関節背屈による筋全体の伸長に比べて、筋束の伸長が格段に少なくなることが分かりました(図2A)。

個々の筋束の動態に関しては、伸長時に長軸方向(矢状面)だけでなく短軸方向(前額面)においても走行角度を減少させるように回転していることが明らかとなりました(図2B)。これらの結果から、羽状筋の受動的伸長時において、筋束は伸長しつつ3次元的に回転することで、結果的にその長さ変化を抑える(伸長の度合いを節約する)ようなギアリング効果が存在することが明らかとなりました。

 

図2 筋全体および筋束の伸長(A)と各平面における筋束の動き(B)。

足関節背屈による筋の伸長に伴って、矢状面と前額面における筋束の角度が減少した。*: 底屈20°位よりも有意に低い。

 

(3)研究の波及効果や社会的影響

一般的に、骨格筋における筋束の動きは、産婦人科で胎児の出生前検査などに使用される超音波断層撮像装置によって評価されます(図3A)。しかしながら、超音波装置を用いた方法では撮影視野が単一平面に限定されるため、3次元空間における筋束の形状を評価できないという問題点がありました。

そこで本研究では、磁気共鳴画像(MRI)法の1つである拡散テンソル画像法※3に着目しました(図3B)。拡散テンソル画像法は、神経科学分野で脳の神経線維の描出に用いられ、骨格筋への応用が進んでいる先進的なイメージング技術です。近年、この方法によって人間の骨格筋の筋束を非侵襲的に可視化することが可能となりました。本研究のグループは、拡散テンソル画像法で再構築した筋束の各平面における走行角度を定量評価するプログラムを新たに作成し、従来の矢状面に加えて前額面における筋束の動態を世界で初めて明らかにしました。

 

図3 従来の超音波法(A)と本研究の拡散テンソル画像法(B)。

拡散テンソル画像法によって、従来の超音波法では捉えられなかった筋束の3次元的な動きを定量評価した。

(4)研究の波及効果や社会的影響

身体運動中の骨格筋の傷害は、筋線維が伸長された際に発生しやすいことが知られています。本研究で明らかとなった筋伸長時のギアリング効果は、筋の伸長時に筋線維が引き伸ばされる程度を抑制する機構として役立っていることが想定されます。スポーツやリハビリテーションの現場で、障害予防や柔軟性(関節の可動性)の向上のために、筋を受動的に引き伸ばす「ストレッチング」が行われますが、ストレッチングの効果を得るためには、対象とする筋のギアリング効果の程度を十分に理解しておく必要があることも示唆されます。

(5)今後の課題

本研究では典型的な羽状筋として腓腹筋を対象としましたが、人間の身体には数多くの骨格筋が存在し、多様な構造を有しています。今後の研究では、こうした様々な構造を有する筋の長さ変化の機序について明らかにすることを通じて、身体運動能力の向上や傷害予防のための有意義な知見を得ることを目指します。

(6)研究者のコメント

川上:人間の骨格筋内の筋線維が3次元的に配置していることは解剖体の観察を通して古くから知られています。本研究はそれを一歩進め、筋束の配置や関節角度が変化したときの動態を生体計測で明らかにしました。今後の人間の骨格筋研究を格段に進歩させる契機となることが期待されます。

高橋:本研究で明らかとなった羽状筋の受動的伸長時におけるギアリング効果の存在は、「骨格筋の構造と機能の関係」に対する従来の理解を拡張する重要な発見であると考えています。また、本研究の知見は、人の運動の仕組みを理解する際の「人体内部へのアプローチ」の重要性を再認識させてくれるものでした。骨格筋の形や動きに関する研究が今後も発展していくことを願っています。

(7)用語解説

※1:筋線維

人間の骨格筋を構成する線維状の細胞。

※2:拡散テンソル画像法

筋線維の束。生体では筋線維を直接計測することが困難であるため、代わりに筋束の形状を評価する。人間の腓腹筋内側頭では、筋線維と筋束の長さがおおよそ一致することが知られる。また、組織レベルにおいて筋線維と筋束の走行方向は一致することが想定される。

※3:神経幹細胞

水分子の拡散特性に基づいて組織の3次元構造を可視化するMRI技術の1つ。筋内に存在する水分子は筋線維や筋束の長軸に沿った方向に最も拡散しやすい、という拡散の異方性を利用することで、筋束の走行方向を生体内で評価することができる。

 

(8)論文情報

雑誌名:Medicine & Science in Sports & Exercise

論文名:Coronal as well as sagittal fascicle dynamics can bring about a gearing effect in muscle elongation by passive lengthening

執筆者名(所属機関名):高橋 克毅(同志社大学)、塩谷 彦人(早稲田大学)、Pavlos E. Evangelidis (早稲田大学)、佐渡 夏紀(筑波大学)、川上 泰雄(早稲田大学)

掲載日時:2023年10月11日(水)

掲載URL:https://journals.lww.com/acsm-msse/abstract/2023/11000/coronal_as_well_as_sagittal_fascicle_dynamics_can.11.aspx

DOI:10.1249/MSS.0000000000003229

 

(9)研究助成

研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 特別研究員奨励費

研究課題名:筋線維の3次元走行角度から迫る骨格筋力伝達機構の解明

研究代表者名(所属機関名):高橋克毅(当時:早稲田大学、現在:同志社大学)

詳細▶︎https://www.waseda.jp/inst/research/news/75436

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。

筋線維伸長の抑制機構を解明 ― 人間の骨格筋が伸ばされるときのギアリング効果 ―

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