発表のポイント
・難しい(未知な)動作を動作観察と運動イメージを組み合わせて学習する際に、顔変換システム(※1)を用いて、映像内の熟練者の顔を観察者本人の顔に変換した変換像の動作を観ながら運動イメージを行うことで、大脳(皮質脊髄路(※2))の興奮性が熟練者の動作を観るときよりも増加することを発見しました。
・また、その大脳の興奮性は、変換像と本人との類似性が高いほど増加することを発見しました。
・本研究成果は、今後、顔変換システムを人工知能(AI)や仮想現実(VR)技術と組み合わせることで、より本人に類似した変換像の作成が可能になれば、新たなスキル習得を必要とするアスリートや、怪我や手術後に元の動作の再獲得を必要とするリハビリテーション患者の運動学習を促進するだけでなく、児童の運動能力の向上にも応用できる可能性があります。
概要
研究の背景
① 動作観察と運動イメージの組み合わせは、スキルの習得に有用
スポーツで新たな運動動作(スキル)の習得を試みる際に、その動作を実際に行う以外にも、YouTube などで上級熟練者(プロ)の動作を観察(動作観察)することや、自分自身が動作を行うイメージ(運動イメージ)した経験はあるかもしれません。みなさんが何気なく行っている動作観察と運動イメージですが、実際に動作を行う時と同じ神経細胞群が活動することから、運動学習に効果的であることは学術的に実証されています。
さらに、動作観察と運動イメージを組み合わせて行うことで、それぞれを単独で行うよりも大脳活動がより賦活し、高い学習効果をもたらすことも報告されています。
② 学習する動作が難しすぎると動作観察と運動イメージによる効果はない
しかし、一般人が、たとえば体操のムーンサルトの動作観察や運動イメージを行っても、あまりにも未知で難度が高いため、結果的に運動に関連する大脳神経細胞群の活動が増加しません。つまり、運動学習が停滞してしまう可能性があります。
③ 研究のポイント
難しい動作であっても、動作観察や運動イメージを行った際に、運動に関連する大脳神経細胞群の活動を賦活させ、運動学習を促進する新たな方法の開発に取り組みました。
④ 研究の着眼点は,「自分の顔」
新しい運動学習方法を構成する要素として、本研究チームは「顔」に着目しました。最近のビデオゲームではキャラクターの顔をプレイヤー自身に似せたように作れる機能があります。これにより、我々プレイヤーのゲームへの没入感はより高まります。このように自分自身の顔は、他人の顔よりも強く認識されます。さらに、自分自身の顔を観るときには、他人の顔を観るときよりも脳の下頭頂小葉の活動が増し、下頭頂小葉は運動に関連する脳領域に神経接続しています。
⑤ 目的
もし、「難しい課題を行う熟練者の顔を自身の顔に変換した変換像」を観察しながら運動イメージを行うことができれば、熟練者の動作を観察しながら運動イメージするときよりも運動に関連する脳領域の活動が高まり、新たなシステムの開発につながります。そこで、本研究ではその仮説検証を行いました。そして、変換像の作成には、共同研究者である奈良先端科学技術大学院大学の加藤博一教授らが開発した画像編集技術による顔変換システムを用いました。
研究の方法
本研究では、2 つの難度の異なる課題を用いました。①難度の低い課題(易課題)には、両手首を素早く挙げる動作、②難度の高い課題(難課題)には、2 個のテニスボールを右手のひら上で回す動作を用いました。そして、被検者 12 名に対し、易・難課題において、熟練者および変換像の動作を観察しながら運動イメージを行わせました。そして、その際に経頭蓋磁気刺激(TMS)(※3)を行い、誘発された運動誘発電位(MEP)(※4)の振幅値より、大脳(皮質脊髄路)の興奮性を評価しました(図 2)。
研究の結果
① 易課題における MEP 振幅値は、熟練者・変換像観察時において差はありませんでした。
② 難課題における MEP 振幅値は、変換像観察時の方が熟練者観察時よりも大きくなりました。
③ 難課題においてのみ、変換像観察時における MEP の変化率は、変化像と本人との主観的な類似性(0 から 100 で評価)と正の相関関係にありました。
このことから、顔変換システムを用いた動作観察と運動イメージの組み合わせは、難しい動作を習得する際には変換像の本人との類似性によって運動に関連する大脳神経細胞群の活動をより亢進させ、運動学習を促進させる可能性が示唆されました。
今後の展望
仮想現実(VR)の様にコンピューターの中に創られた仮想的な世界を、あたかも現実のように体験させる技術も発達し、さらには映像による視覚刺激だけでなく、触感などの五感に働きかける工夫もなされ始めています。この最新の技術に顔変換システムを組み込み、熟練者の顔だけでなく、身体全体を自身に変換することができれば、スポーツにおける新たなスキルの習得や、リハビリテーションにおける動きの再獲得が促進する可能性があります。また、ゴールデンエイジ(9 歳から 12 歳)といわれる運動にかかわる神経機能が最も発達する時期において、顔変換システムを用いた新たな技術が児童の運動学習を促進できれば、運動が苦手な児童の苦手意識を払拭することにもつながり、将来の生活習慣病患者の減少も期待されます。さらに、近年では、本人に精巧に似せられたディープフェイク映像が世間をネガティブな方向に賑やかす様に人工知能(AI)を応用した画像編集技術が発達していますが、本研究手法と AI、VR との組み合わせにより、老若男女問わず運動動作の向上を可能にするポジティブな提案も可能になるでしょう。
用語解説
※1 共同研究者である奈良先端科学技術大学院大学 加藤博一教授らが作成したシステム。映像内で運動を行う熟練者の顔を観察者(学習者)の顔に変換する画像編集技術。
※2 運動学習にかかわる脳の領域である一次運動野と脊髄をつなぐ神経回路
※3 頭に密着させた専用器具を用いて周辺磁場を変化させ、その電磁誘導によって脳の小さな標的領域を磁気で刺激することで、刺激部位(一次運動野)の興奮性を評価する非侵襲的な方法です。TMS 法は研究だけではなく、うつ病やパーキンソン病への治療としても認可され臨床使用されています。
※4 一次運動野を TMS 法により刺激した際に、対象筋に貼付した表面筋電図から導出される誘発電位。この誘発電位の振幅値が大きければ皮質脊髄路の興奮性が高いことを意味します。
研究チーム
• 吉武 康栄 信州大学 繊維学部 先進繊維・感性工学科 教授
• 渡邊 裕宣 早稲田大学 持続的環境エネルギー社会共創研究機構 環境エネルギー研究所
次席研究員(研究院講師)
• 鷲野 壮平 国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間拡張研究センター 研究員
• 小河 繁彦 東洋大学 理工学部 生体医工学科 教授
• 宮本 直和 順天堂大学 スポーツ健康科学部 先任准教授
• 金久 博昭 国立大学法人鹿屋体育大学 学長
• 加藤 博一 国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 教授
研究支援
本研究は、日本学術振興会 科学研究費 基盤研究 B(16H03222)および日本学術振興会 頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム(G2802; JP25560325)の支援を受けて実施されました。
論文情報
• 掲載誌:European Journal of Neuroscience
• 論文タイトル:Observing an expert’s action swapped with an observer’s face increases corticospinalexcitability during combined action observation and motor imagery
•著者:Hironori Watanabe, Sohei Washino, Shigehiko Ogoh, Naokazu Miyamoto, Hiroaki Kanehisa,Hirokazu Kato, Yasuhide Yoshitake* *責任著者
• DOI:10.1111/ejn.16257
• URL:https://doi.org/10.1111/ejn.16257
詳細▶︎https://www.naist.jp/pressrelease/240222.pdf
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。