立命館大学 OIC 総合研究機構の福市彩乃専門研究員(研究当時は関西大学大学院博士課程後期課程在籍)らの研究チームは、「マインドフルネス※1 促進反応尺度※2」「マインドフルネス阻害反応尺度」を開発し、これらを用いて、注意欠如・多動症※3(ADHD)傾向の高い人にとっておこないやすいマインドフルネス実践時の体の姿勢を明らかにしました。本研究成果は、2024 年 8 月 7 日 9 時 40 分(日本時間)に、科学雑誌「Japanese Psychological Research」に掲載されました。
本件のポイント
・マインドフルネス瞑想のおこないやすさ・おこないにくさを評価する尺度を開発
・実践の場で慣例的に唱えられてきた「マインドフルネス瞑想における姿勢の重要性」を科学的に実証
・ADHD 傾向の高い人にとっておこないやすいマインドフルネス実践のあり方を示唆
研究成果の概要
マインドフルネス瞑想は ADHD の症状を緩和しますが、ADHD 傾向のある人にとっておこないにくい実践であることがわかっています。そこで、瞑想実施時の体の姿勢を工夫することで、ADHD 傾向の高い人でもおこないやすい実践となるかを実験的に検討しました。マインドフルネス瞑想のおこないやすさ・おこないにくさを測定する尺度を作成し、4種類の姿勢でそれぞれ瞑想をおこなった参加者に回答してもらった結果、ADHD 傾向の高い人にとって瞑想をおこないやすい姿勢や、逆におこないにくい姿勢が明らかになりました。この知見をもとに、姿勢を工夫することで、 ADHD 傾向の高い人も瞑想を実施しやすくなり、心身の健康を増進することが期待できます。
研究の背景
マインドフルネス瞑想は ADHD の主訴や、二次障害※4 である抑うつや不安を軽減させる効果があることがわかっています。しかし、注意を集中させたり、じっとしておこなったりするマインドフルネス瞑想は、そもそも ADHD 傾向の高い人にとってはおこないにくい要素を含んでいます。そこで ADHD の人でもおこないやすいマインドフルネス瞑想にするための工夫のヒントとして挙げられるのが、体の姿勢です。マインドフルネス瞑想の実践の場では常に姿勢の重要性が説かれます。また、姿勢が心理的側面に及ぼす影響は数々の研究から判明しており、例えば背筋を伸ばした姿勢では困難な課題に対する取り組みの粘り強さが削がれにくく、仰向けはモノに対する衝動的な動機を低減し、一部の注意機能を高めることがわかっています。そのため、特に ADHD 傾向の高い人は、猫背になったり椅子の背もたれにもたれかかったりする姿勢よりも、背筋を伸ばして座ったり仰向けになったりしたほうが瞑想をおこないやすい可能性があります。しかし、姿勢が瞑想のおこないやすさに及ぼす影響を検討した研究はこれまでになく、そもそも瞑想のおこないやすさを測定する方法もありませんでした。
研究の内容
本研究は、大きく2つのステップからなります。
ステップ①マインドフルネス瞑想のおこないやすさ・おこないにくさを測定する尺度の作成
まず、マインドフルネス瞑想のおこないやすさを測定するマインドフルネス促進反応尺度(MERS)と、おこないにくさを測定するマインドフルネス阻害反応尺度(MDRS)を作成しました。21 名の大学生にマインドフルネス瞑想を 5 日間おこなってもらい、実践でおこないにくかったところや、モチベーションになったところを報告してもらいました。これをもとに尺度の予備項目を作成し、別の 192 名の大学生に、呼吸瞑想をおこなった後に回答してもらいました。その結果を分析し、MERS と MDRS の項目を確定しました。
ステップ②ADHD 傾向のタイプごとのボディスキャン瞑想※5 をおこないやすい姿勢の検討
まず、110 名の大学生に ADHD 傾向を調べる予備調査をおこない、その結果から(a)混合型傾向、(b)多動・衝動性型傾向、(c)不注意型傾向、(d)ADHD 傾向なしのいずれかに当てはまる 19 名の参加者に本実験に参加してもらいました。本実験では、参加者はランダムな順番の 4 姿勢(背筋を伸ばして椅子に座る姿勢、猫背で椅子に座る姿勢、背もたれにもたれかかって椅子に座る姿勢、仰向け)でボディスキャン瞑想をおこないました。それぞれの後、MERS、MDRS、どれくらいマインドフルな状態(体験に関心をもち、見守る態度)になれたかを測定する尺度に回答してもらいました。その結果、マインドフルな状態の程度は姿勢間で違いがありませんでしたが、多動・衝動性傾向の高い人は、猫背姿勢ではボディスキャン瞑想をおこないにくく、仰向けではおこないやすく感じていました。また、背筋を伸ばした姿勢では、多動・衝動性傾向の高い人はおこないやすいものの、混合型傾向の人はおこないにくく感じていました(表1)。
表1 ADHD 傾向ごとのボディスキャン瞑想をおこないやすい・おこないにくい姿勢
注:「○」はおこないやすい姿勢,「×」はおこないにくい姿勢を示す。
社会的な意義
今回の研究から、不注意や多動・衝動性傾向の高い人がボディスキャン瞑想をおこないやすいと感じる姿勢がどのようなものかが明らかになりました。今後、ADHD 傾向のある人がボディスキャン瞑想をおこなう場合は、自身の特性に合った姿勢でおこなうことで、より実施しやすく感じられ、継続にもつながることが期待されます。マインドフルネスによる効果を得るためには、実践を継続することが重要であるため、今回の研究はその一歩として有用であると考えられます。
研究者のコメント
今回の研究は,厳密な科学的手法により実証されてきたエビデンスだけでなく,実践の場で伝統的に重要視されてきた要素に着目することで,1つの答えを出せた形だと思っています。このような「科学的には未実証ながら経験の集積により組み上げられた知見」にも目を向けることの,研究における重要性を改めて認識しました。
また,今回作成した尺度が,今後日本の先生方の研究・実践のお役に立てることを願って,第1著者のresearchmap ページ「資料公開」にて、開発された MERS と MDRS の日本語版を公開予定です。
この研究は科学研究費補助金の支援(JP20J20444・JP18K03082)を受けて実施されました。
論文情報
論文名 : What is the Most Helpful Body-Scan Posture for People with Attention Deficit/Hyperactivity Disorder Tendency?
著 者 : Ayano Fukuichi, Takafumi Wakita, & Genji Sugamura
発表雑誌 : Japanese Psychological Research
掲載日 : 2024 年 8 月 7 日(水) 9:40(日本時間)
D O I : https://doi.org/10.1111/jpr.12541
U R L : https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/jpr.12541
用語説明
※1 マインドフルネス
「今ここに、意図的に、特定の方法で、良し悪しの判断を下さない注意を向ける」ことで、主に瞑想によって実践される。元々は仏教瞑想が由来だが、現在は痛みやストレス、うつを和らげる方法として確立され、科学的な検証がなされている。
※2 尺度
ある心理的概念を測定するための質問項目群。
※3 注意欠如・多動症
年齢に不相応なほどの不注意と多動・衝動性、またはそのいずれかの状態に特徴づけられる神経発達症(発達障害)。不注意型、多動・衝動性型、どちらの傾向も強い混合型の3タイプがある。
※4 二次障害
発達障害の症状がきっかけとなって対人関係や環境の適応に困難をきたし、自尊心の低下や抑うつ症状を呈した状態。
※5 ボディスキャン瞑想
仰向け、または椅子に座った姿勢で、足の先から頭までの一つひとつの身体部位に注意を向けていく瞑想。
詳細︎▶︎https://www.ritsumei.ac.jp/profile/pressrelease_detail/?id=1057
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。