茨城県の医療情報の解析から、健診で脂質異常を指摘された後の医療機関受診率が非常に低い現状を明らかにし、未受診の可能性が高い集団には普段から医療機関を受診していないことや他の健診異常がないなどの特徴があることを見いだしました。脂質異常の受診勧奨に役立てられることが期待されます。
脂質異常症(特に悪玉コレステロール高値)を放置すると心筋梗塞、脳梗塞、認知症などの危険が高まります。そのため、健診で指摘された場合は医療機関を受診し対処することが重要ですが、日本における企業の健康保険加入者を対象とした報告では、健診で脂質異常を指摘された人のうち半年以内に医療機関を受診する人は 15〜20%程度にとどまり、受診率の向上が課題となっています。しかし、どのような人が、健診で指摘されても受診せずに放置してしまいやすいのか、その特徴は明らかになっていませんでした。
本研究では、茨城県の国民健康保険加入者のうち、特定健診で脂質異常を指摘された人の追跡データを解析し、健診後半年以内に脂質異常症に関して医療機関を受診した人の割合を算出するとともに、医療機関を受診しない集団の特徴を明らかにしました。
分析の結果、脂質異常症に関して健診後半年以内に医療機関を受診していた人の割合はわずか18.1%でした。また悪玉コレステロール(LDL コレステロール)の異常値の程度別にみると、異常が比較的軽度であった人(LDL コレステロール値が 140〜160mg/dL)では 15.7%とより受診していませんでしたが、異常値の度合いが大きかった人(LDL コレステロール値が 180mg/dL 以上)においても受診率は 23.6%にとどまり、8 割近くの人は受診していませんでした。
また、若年者、男性、飲酒習慣が時々ある者、公共施設で健診を受けた者、自覚症状がなかった者、健診で他の異常を指摘されなかった者、健診前の医療機関受診や薬の処方がなかった者は、より医療機関を受診しなかったことが明らかになりました。
本研究の成果が、健診で指摘された脂質異常について医療機関未受診のリスクが高い人を把握し、受診を促す働きかけに役立つことが期待されます。
研究代表者
筑波大学 医学医療系/ヘルスサービス開発研究センター
田宮 菜奈子 教授
研究の背景
日本全体で推定 220 万人の患者 1)がいるとされる脂質異常症注 1)は、放置すると心筋梗塞、脳梗塞、認知症などの疾患を発症する可能性が高まるため、健診で指摘された場合は医療機関を受診し、対処(生活指導や必要に応じて内服治療)することが重要です。しかし日本における企業の健康保険加入者を対象とした過去の報告では、健診で脂質異常を指摘された人のうち半年以内に医療機関を受診する人は 15〜20%程度に留まっており 2)、受診率の向上が課題となっています。
受診率向上に向けた取り組みにおいては、まず、どのような人々が医療機関を受診しにくいのか、その特徴を明らかにすることが重要です。これまで糖尿病や高血圧を対象とした研究はありましたが、脂質異常については検討されていませんでした。そこで本研究では、特定健診注 2)と医療保険レセプトのデータを用いて、健診で脂質異常を指摘されたにもかかわらず医療機関を受診しない集団の特徴を解析しました。
研究内容と成果
本研究では、茨城県の国民健康保険注 3)加入者における特定健診・医療保険レセプトデータを用いました。2018 年度に特定健診を受けた 40〜74 歳の 20 万 2369 人のうち、脂質異常の受診勧奨基準 3)(LDLコレステロール≧140mg/dL、中性脂肪≧300mg/dL 、HDL コレステロール≦34mg/dL のいずれか)を満たした3万 3503 人を把握しました(健診前から既に脂質異常症の治療や検査を受けていた者を除く)。このうち 180 日以内に脂質異常症に関して医療機関を受診した人の割合は 18.1%(6052 人)でした。また高 LDL コレステロール血症を指摘された3万 1084 人について異常値の程度別に医療機関を受診した割合をみたところ、LDL コレステロール値が 140-160、160-180、180mg/dL 以上の群でそれぞれ 15.7%、18.6%、23.6%であり、異常の程度が大きいほど受診してはいましたが、最も異常の程度が大きい群(180md/dL 以上)でも約 8 割は受診していませんでした。
次に、医療機関の受診をアウトカムとした多変量ロジスティック回帰分析注 4)を用いて、医療機関の未受診に関連する要因を分析しました。説明変数として、年齢、性別、飲酒頻度、喫煙の有無、健診場所(公共施設または医療機関)、自覚症状の有無、BMI、脂質以外の健診異常(血圧、血糖値、肝機能、尿蛋白、尿糖)の有無、前年度の健診結果(脂質異常あり、なし、健診受診なし)、健診前 1 年間の医療機関の受診頻度、薬の処方の有無(降圧薬、血糖降下薬、尿酸降下薬、抗うつ薬)、脂質異常の種類と程度、居住市町村の医療機関数を用いました。その結果、若年者、男性、飲酒習慣が時々ある者、公共施設で健診を受けた者、自覚症状がない者、健診で他の異常を指摘されなかった者、健診前の医療機関受診が少なかった者、薬の処方(降圧薬、尿酸降下薬、抗うつ薬)がなかった者ほど、より医療機関を受診していませんでした。
今後の展開
本研究で明らかになった未受診の可能性が高い人の特徴は、健診を担う市町村などの現場において受診勧奨方法を検討する際の参考となることが期待されます。例えば、本研究で未受診の可能性が高いと明らかになった「健診前に医療機関を受診していなかった人」や、「健診を(医療機関ではなく)公共施設で受けた人」は普段、医療機関との接点があまりない可能性があります。このため、健診結果を送る際に、居住地の近隣で受診できる医療機関のリストも案内するなどの工夫が考えられます。今後は、実際にどのように受診勧奨の方法を工夫すれば医療機関の未受診を減らすことができ、さらには心筋梗塞、脳梗塞、認知症などを発症する人を減らせるかのかという点について、研究を進めていく必要があります。
参考文献
1) 厚生労働省.平成 29 年(2017)患者調査の概況.2019.
2) Hoshino N, et al., J Occup Health, 2021.
3) 厚生労働省.標準的な健診・保健指導プログラム(平成 30 年度版).
用語解説
注1) 脂質異常症
血液中の脂質の濃度が異常な状態。脂質の種類によって、LDL コレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)が多すぎる状態(高 LDL コレステロール血症)、中性脂肪が多すぎる状態(高トリグリセライド血症)、HDL コレステロール(いわゆる善玉コレステロール)が少なすぎる状態(低 HDL コレステロール血症)がある。
注2) 特定健康診査(特定健診)
生活習慣病の予防を目的として、2008 年より行われている健康診断の一種。40〜74 歳の被保険者に対し、保険者が特定健診を実施することが義務付けられており、結果に基づいた特定保健指導や受診勧奨が行われている。
注3) 国民健康保険(国保)
他の公的医療保険制度(被用者保険や後期高齢者医療制度)に加入していない日本の全ての住民を対象とした医療保険制度。都道府県及び市町村(特別区を含む)が保険者となる市町村国保と、業種ごとに組織される国民健康保険組合から構成される。
注4) 多変量ロジスティック回帰分析
他の背景の影響を統計学的に取り除いた上で、それぞれの説明変数とアウトカム(今回の場合、医療機関受診)の関連を推定できる多変量解析の一種。ロジスティック回帰分析は、アウトカムが「あり/なし」のように 2 値で表される場合に用いられる。
研究資金
本研究は、厚生労働科学研究費補助金(23AA2003)の助成を受けて実施されました。
掲載論文
【題 名】 Factors associated with non-attendance at a follow-up visit for dyslipidemia identified athealth checkups: a retrospective cohort study in a Japanese prefecture
(健診で指摘された脂質異常に関する医療機関未受診に関連する要因:日本の一県における後ろ向きコホート研究)
【著者名】 Yuta Taniguchi, Masao Iwagami, Takehiro Sugiyama, Naoaki Kuroda, Takuya Yamaoka,Ryota Inokuchi, Ai Suzuki, Taeko Watanabe, Fujiko Irie, and Nanako Tamiya【掲載誌】JMA Journal
【掲載日】 2024 年 10 月7日
【DOI】 10.31662/jmaj.2024-0065
詳細︎▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20241008140000.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。