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こころはどこに?脳の歴史をビジュアル・ストーリーで振り返る!

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近年、脳科学研究は著しく発展し、脳のネットワークや機能局在などが詳しく分かるようになってきています。

しかし、脳研究の歴史をさかのぼると、人のこころは心臓にあったのではないか?いや頭蓋骨のかたちが心に関わっているのでは?と様々な議論が行われてきました。

はたして、人のこころはどこに?
 

起源前でもすでに議論されていた!

脳1

 


紀元前460年頃、医者ヒポクラテスはいままで、超自然的な力(迷信・呪術)や神々仕業と考えられてきた病気を、自然的原因をもっているとしました。

そんなヒポクラテスは「人の喜び、笑い、快感、勇気が生まれる場所は脳であって.それ以外のどこでもない」としています。

その後、プラトンは、こころの座を脳と脊髄にあるとします。脳には理性・知性で代表される「神の座」、胸髄には「人間の精神」の中の情熱を作る動物的な魂が、腹髄には食欲をつくる植物性の魂が宿るとしました。

頸部と胸部と腰部で機能が違うというのはまたとても興味深い話ですよね。

一方、プラトンの弟子、アリストテレスはこころは心臓で、脳髄は心臓から循環してきた血液を冷却する場だといいます。

このように、偉大な哲学者たちによって様々な議論がありました。

 

脳は冷却装置?

 

脳2

 


大解剖学者、ガレノスはローマで医療に携わり、解剖について草分けとなる研究を行います。

そこで、ガレノスはアリストテレスの「脳は冷却装置説」を確かめようと試みます。「脳が心臓を冷却するのなら、それ自身は触れれば冷たいに違いない」と。

彼は、生きた動物の頭蓋を開き、自分の手を脳に当ててこう思いました。

「あったかいんだからー」※イメージです。

そう、暖かかったのです。この一件から、この説は彼は違うと考えました。

その後、「脳で生じる精神精気が神経を介して、身体各部や諸感覚を統御すると述べる」と結論づけ、1000年以上この考えを鵜呑みにされ伝えられます。

というのもキリスト教圏やイスラム教圏では人体解剖に重大な制約があり、そのまま丸覚えするように伝えられるのです。

精気精気というところが惜しいですね。

 

 

 

 

墓地を掘り起こすほどのこだわり

 

 

 

脳2

 


長くガレノスによる解剖学が信じられていましたが、解剖学者ヴェサリウスは「自分で解剖すること」へ強くこだわりました。

それは、遺体を求めて地元の墓地を掘り返すほど。

イタリアのパドヴァでは、死刑台のすぐに安定し死体を得られることと、執行時刻を合わせてもらえるということでそこに落ち着きました。

ヴェサリウスが書いた解剖学書「ファブリカ」はそれまでのものとは違う、とても正確なものでした。

というのも、ガレノスの時代のローマでは人体解剖は禁止されており、サルやシカやイヌなど違う動物を参考に書かれていたものだったのです。そりゃ、過ちが多いわけです。

脳室の位置と形を正確に記述されたことに功績があるとされています。

 

 

松果腺の機能、みなさんちゃんと言えますか?

 

脳4

 


哲学者にして数学者のルネ・デカルトはある疑問を持ちました。

「心が物理的な体と因果関係でつながり、感覚印象を受け取り、逆に運動を支配できるのはどうしてか」

そこで彼が着目したのが、「松果腺」。

松果腺が物理的世界の情報を神経を通じて非物質的な心とやりとりすると想定しました。

 

 

 

 

頭蓋骨に機能局在?

 

 

 

脳5

 


18世紀半ばになってくると、脳の内側は呼吸や心拍のような生命維持機能、皮質はもっと特異なものという考えが徐々に生まれてきました。

フランツ・ヨーゼフ・ガルは脳は精神活動に対応した27 個の〈器官〉の集まりであり、しかもその器官・機能の差が頭蓋の大きさ・形状に現れるのだと主張します。

これがもっとも初期の脳機能局在論であり、また近代骨相学のはじまりです。

その後、ブローカーとウェルニッケによる言語中枢の発見によってこの説は否定されることになります。

 

 

こころはどこに?脳の歴史をビジュアル・ストーリーで振り返る!

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