第121回社会保障審議会介護保険部会が6月2日に開催され、2040年の超高齢社会を見据えた制度改革の方向性が議論されました。医療介護連携の強化、介護予防・総合事業の充実、認知症対策の推進、要介護認定制度の見直しが主要テーマとなり、各委員から現場の課題と今後の対応策について活発な意見交換が行われました。
医療介護連携に立ちはだかる「言語の壁」
会議では、高齢者施設と医療機関の連携体制構築の遅れが深刻な問題として浮上しました。令和6年度介護報酬改定で協力医療機関の設定が義務化され、3年間の経過措置後の令和9年3月末には完全実施となりますが、現状では特別養護老人ホームや養護老人ホームの3〜4割が「まだ検討していない」状況にあります。
連携が進まない根本的な課題として、医療と介護現場での「評価言語の違い」が指摘されました。日本慢性期医療協会の橋本委員は「医療ではADL評価にFIMを使い、介護施設ではバーセル指数を使うなど統一されていない。電子カルテと介護記録システムも全く異なる」と現状を説明しました。全国老人保健施設協会の東委員も「共通言語がない状況で情報共有は困難。DXを進めるなら共通指標は必須」と制度面での整備を求めました。
厚生労働省は今年5月に都道府県・市町村向けの通知を発出し、地域医療構想調整会議の活用などの支援策を示しましたが、実効性ある連携体制の確立は急務となっています。
【関連記事】医療介護連携の詳細な課題分析と対応策については、「高齢者施設の3〜4割、協力医療機関未設定」をご覧ください。
リハビリテーション専門職不足が地方で深刻化
地域格差の問題として、リハビリテーション専門職の不足が深刻な課題として浮上しました。長崎県の新田参考人は「少子高齢化や人材流出などの影響により、特に離島などの地域において理学療法士といったリハビリテーション職種による要介護者に対する介護サービスの提供が困難になりつつある」と報告しました。生活機能の低下が見られる高齢者への介護予防を含めた十分な支援が難しい状況にあるとしています。
この問題は介護予防・日常生活支援総合事業の運営にも大きな影響を与えています。住民主体の支え合い活動が期待されたものの、普及が進んでいない現状で、限られたリハビリテーション専門職への依存度がさらに高まる構造となっています。
民間介護事業推進委員会の山際委員は「当初はサービスBを大きく増やす計画だったが、なぜこうなったのか振り返りが必要。助け合い活動は縮小傾向にあり、民間事業者の力をどう活用するかの視点が必要」と指摘しました。
財源面でも課題が深刻化しています。地域支援事業には上限額が設定されており、高松市の石野参考人は「高齢者人口増加に物価・人件費高騰が重なり、地域のニーズに十分対応できない」と窮状を訴えました。限られた財源の中で専門職を確保し、質の高い介護予防サービスを提供することの困難さが浮き彫りになっています。
厚労省は論点整理で、地域リハビリテーション体制や通いの場の取り組み、高齢者の保健事業との一体的実施など、介護予防関連施策との効果的な連携と医療専門職等の適切な関与のあり方を検討課題として位置づけています。
【関連記事】リハビリテーション専門職不足と総合事業の課題については、「リハビリ専門職不足で介護予防に支障」をご参照ください。
認知症1200万人時代への備え
2040年には認知症・軽度認知障害(MCI)の高齢者が1200万人に達し、高齢者の3人に1人を占める見通しが改めて示されました。うち4人に1人は独居となる予測で、地域包括ケアシステム全体を認知症対応型に転換する必要性が議論されました。
深刻な問題として、認知症の医学的診断を受けていない高齢者の多さが指摘されました。桜美林大学の阿部委員は「認知症高齢者日常生活自立度2以上と判定された在宅要介護者のうち、医学的診断を受けているのは約3割」と報告しました。医学的診断がなければ適切な支援の組み立てができないとして、診断体制の確保を求めました。
認知症の人と家族の会の和田委員は「要支援1と認定された認知症の方の生活を総合事業の枠組みだけで支えることは物理的に不可能」として、制度設計の根本的見直しを要求しました。「介護の社会化を目指して介護保険ができたが、介護が家族に戻る事態が生じている」と家族介護の限界を訴えました。
【関連記事】認知症高齢者急増の詳細な将来推計と対策については、「2040年、認知症・MCI高齢者1200万人時代へ」をご参照ください。
要介護認定、15年ぶりの大幅見直しへ
要介護認定制度についても大きな転換点を迎えることが明らかになりました。現行の一次判定は施設入所者のデータを中心に構築されており、在宅や通所サービス利用者の実態が十分反映されていないとの指摘を受け、令和7年度に大規模な実態調査を実施する方針が示されました。
過去にも在宅介護の実態調査は行われましたが、データの精度などの問題で一次判定への反映には至らなかった経緯があります。今回は平成18年度の「高齢者介護実態調査」を参考に、同じケアコードを用いて調査を実施する予定です。
ただし、現場からは慎重論が相次ぎました。長崎県の新田参考人は「平成21年度の見直しで大きな混乱を招いた経緯があり、機械的にロジックを変更すべきではない」と警鐘を鳴らしました。制度変更による混乱回避と実態反映のバランスをいかに取るかが今後の課題となります。
【関連記事】要介護認定見直しの経緯と今後の展望については、「要介護認定、15年ぶり大規模見直しへ」で詳しく解説しています。
2040年問題への総合的対応が急務
2040年には85歳以上人口の急増が予想される中、これらの課題への対応は待ったなしの状況です。会議では各分野での個別対応だけでなく、医療・介護・予防・生活支援を包括的に捉えた地域包括ケアシステムの深化・推進が重要との認識が共有されました。
特に、現役世代の減少が避けられない中で、専門職と住民が協働する持続可能な支援体制の構築、ICTを活用した効率的なサービス提供、民間企業を含む多様な主体の参画促進などが今後の重点課題として位置づけられました。
厚労省は今回の議論を踏まえ、次期介護保険制度改正に向けた具体的な検討を進める方針を示しています。超高齢社会のピークを迎える2040年まで残り15年余り。制度の持続可能性確保と質の高いケア提供の両立に向けた取り組みが本格化しています。
【編集部注】本記事で取り上げた各テーマについては、分野別の詳細記事で委員発言の詳細や具体的なデータ、今後の対応策について深く掘り下げています。ぜひ併せてお読みください。