心理的ニーズを満たす関わりとは
認知症をもつ人を目の前にしたときは、まず「認知症をもつ人の気持ちになること」、また5つの要素(①脳の障害、②健康状態、③生活歴、④性格、⑤その人を取り囲む社会心理)をもとに行動の背景を探ることが重要になってきます。
そして、満たされていない心理的ニーズを探り、満たせるよう関わっていくことが大事です。パーソン・センタード・ケアでは、認知症をもつ人の心理的ニーズ(心が求めていること)を花の絵で表しています。一人の人として尊重する「愛」を中心として、「くつろぎ」、「自分が自分であること」、「愛着・結びつき」、「たずさわること」、「共にあること」が並びます。
「くつろぎ」:身体的な苦痛がないこと。他人と親密になることから生まれる安心の感情。
「自分が自分であること」:自分が他の誰とも違う自分であることを知り、過去から繋がって
今存在しているという感覚。
「愛着・結びつき」:他の人との絆や結びつき、あるいは特定の物や行為への愛着。
「たずさわること」:自らの能力を使って進んで何かを行おうとすること。
例:農作業や家事などの仕事、誰か他の人の世話、趣味活動etc.
「共にあること」:社会から排除されず、人や社会とのつながりの中で生きていることを
実感すること。
第1章の患者さんを例に、満たされていない心理的ニーズを考えてみます。
患者さんの医療スタッフや病院に対するイメージは、「悪いことは何もしていないのに、拘束帯をつけるのはどうして?ここの人や病院は怖い。」、医療スタッフの患者さんに対するイメージは、「危険行動をする認知症をもつ人」と捉えることができます。
患者さんと医療スタッフとの間に思いの乖離がみられます。この時点で、医療スタッフとの関係性による「共にあること」、安心して居れる場所ではないという「くつろぎ」の心理的ニーズが満たされていないことが分かります。
そこで、「共にあること」と「くつろぎ」の心理的ニーズが満たせるよう、医療スタッフにできる関わりを「人と環境と作業」から考えてみました。
【人】
・傾聴と共感をもって関わる
・転倒に注意が必要な動作、危険性の説明と同意
・認知症をもつ人におけるコミュニケーション:バリデーション、ユマニチュード
【環境】
・拘束帯を付けなくてもいいように、多職種で目標を設定し介入していく
・転倒の危険性を減らすための自室の環境調整
・馴染みのある物を自室に設置
【作業】
・生活歴にあった作業を探り、自室・病棟・リハ室で行ってみる
・しているADLの向上
認知症をもつ人のこころの中には、閉じ込めている思いがあります。その思いを引き出す関わり、つまりは「認知症をもつ人の気持ちになること」、「5つの要素(①脳の障害、②健康状態、③生活歴、④性格、⑤その人を取り囲む社会心理)をもとに行動の背景を探ること」、そして、「満たされていない心理的ニーズを探り、満たせるよう関わっていくこと」この過程が大切だと考えます。
認知症をもつ人は、医療や介護、地域と場所を問わず増えてきているため、認知症をもつ人と関わる機会は今後も多いと思います。そこで決して忘れてはいけないのは認知症をもつ人の“こころ”、つまり心理的ニーズを満たす関わりがどの職種においても重要であるということです。認知症作業療法を推進する作業療法士として、また地域の中に住む一人の住民として、認知症をもつ人のこころを大切に今後も関わっていきたいです。
【目次】
最終章:認知症をもつ人のこころの中には、閉じ込めている思いがある
執筆者紹介
○学歴
2011年:藤田保健衛生大学 医療科学部 リハビリテーション学科
作業療法専攻 卒業
2014年:藤田保健衛生大学大学院 保健学研究科 リハビリテーション学領域
作業療法科学分野 卒業
○職歴
2011年:医療法人松徳会 花の丘病院 リハビリテーション科 作業療法士
2016年:有限会社ホワイト介護 長太の寄合所「くじら」 作業療法士・管理者
現在、長太の寄合所「くじら」というデイサービスで勤務。月に一度、認知症をもつ人と家族の支援及び、地域における横の繋がりを構築することを目的に「D-カフェ・健康測定会」を開催中。また、認知症多職種協働勉強会、認知症予防教室(回想法教室)認知症サポーター養成講座を定期的に実施している。
○資格
作業療法士
認知症ケア専門士
DCM基礎ユーザー
認知症ケア指導管理士
○所属団体
公益社団法人 認知症の人と家族の会 若年性認知症の人と家族のつどい 世話人
日本作業療法士協会 認知症作業療法推進委員(三重県担当)
○論文掲載
1)佐野佑樹,澤俊二,杉浦徹・他:回復期リハビリテーション病棟における
認知症の評価−認知尺度と行動観察尺度を併用して用いる有用性−.理学
療法科学,2015,30(6):955-959.