第五回:共に楽しむことこそ、教育の原点【森岡 周先生 | 理学療法士|畿央大学大学院健康科学研究科 主任・教授】

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― 学生を前向きにさせるメソッドはありますか?

 

森岡先生 心や脳を研究対象としている手前、理論的にはいろいろ説明することができます。

 

例えば、意欲に関わるドーパミン神経細胞はどのような手続きで興奮するかなど。ただし、その理論を逐一意識し行動しても、関係性が構築できていなければ変わりません。

 

結果について理論的に説明することは大切なことですが、理論ベースで行動しても結果が出ないことがほとんどです。

 

理論にしばられて行動を起こすのではなく、経験、現象ベースで行動を起こし、それに理論や科学を当てはめ、説明できるものとできないものを区別することが自然だと思います。

 

生涯教育の意味を込めて、ここでは大学院に限って話します。うちの院生のほとんどは社会人大学院生です。

 

院生は臨床業務後19時頃に研究センターに来て、時に大学で寝泊まりする生活を続け、家庭と3足のワラジをはきながら研究をしている者もいます。私もそうでした。

 

学生に対して「やっとけよ」では心は動きません。

 

私自身、20〜30代の時に比べて研究以外の仕事が増え時間が限られていますが、家に帰ったあとも、彼らの仕事に対して、できる限り早くフィードバックすることを心がけています。

 

行動を起こした後、すぐさまフィードバックがあると主体性が芽生えてきます。ちなみに、私の高知医大の大学院の恩師は、元旦であろうと大学にいてフィードバックしてくれました。

 

私自身も時間が限られている中、未だ研究を楽しんでいますし、書く速度は遅くなりましたが、今なお総説だけでなく研究論文も書く意識を持っています。

 

時間に折り合いをつけながら、実験や介入結果を見ながら、私自身もその結果を楽しんでいます。起こった現象に対して、一緒に楽しむことが、教育の原点ではないかと思っています。

 

起こった現象を心の底から楽しむことが、自分の報酬になり、それが他者に伝搬されていくと思っています。

 

時に誰かが笑えばみんなが笑うように、身体は無意識に同調するようになっています。そういう点で、この大学院の環境は、皆が楽しんでいる雰囲気をみると、ソフト面は十分に整っているように思えます。

 

修士課程を終えると、研究を続けない院生も多いですが、研究が楽しくなるのは、そのあとです。2年間の研究期間だけでは、苦しい記憶だけが残るかもしれません。

 

研究結果も承認されづらく、承認欲求が満たされないまま終わる場合もあります。

 

継続することで、それを乗り越えた先に楽しさが起こり、自身の報酬となり、そしてそれが今度は他者に伝搬していく、こうしたプロセスを経て、先輩と後輩の良き協力的関係が構築される、これが組織だと思います。

 

行動力には、不安もその源として関わります。不安は未来志向であるからこそ生まれる高次な感情です。人間らしさの本質には協力と競争があり、未来志向的な不安があるからこそ、競争心がかき立てられ、競争の中で人は成長していきます。

 

しかしうちの大学院においても「ローマは1日にしてならず」、協力と競争の相互作用が院生の中で起こるまで、しばらくの時間がかかりました。

 

大学院では個人の研究に対してシビアな質問も多く飛びますが、それが徐々に「自分の研究のクオリティを引き上げるための重要な質問である」と気づきはじめます。

 

私たちの業界の一部の人は、質問されることにネガティブなイメージを持っているように思えます。挙げ句の果てに質問対策を練る始末です。

 

質問されることで「気づけなかった」「知らなかった」という部分に、ディスカッションが生まれ、新たな展開になっていく。そして、それは聴衆者も含めた学びになります。

 

その輪が広がり、研究を媒介としてつながり、様々な経験の違う職種の人々とディスカッションができるようになる、こうした経験が報酬になっていくのだと思っています。

 

ただ、最も前向きにさせるのは、先輩あるいは指導する側自身が、まだわからないものをわかろうとし続け、その者自身がまだ成長しようとし続けていることだと思います。人は無意識に同調していくわけですから。

 

脳幹は意を発せず、前頭葉は意を発し、小脳はバランサー

― 増え続ける理学療法士に対する、先生のご見解を聞かせていただけますか?

森岡先生 私は就職して以来、どちらかといえば、意を発する生き方をしてきました。世の中には、意を発する人と、そうではない人に分かれると思います。

 

脳幹は意を発することはないが、淡々と仕事をしてくれます。一方で、前頭葉は意を発する、また、小脳はその間のバランスを保ちます。こうした領域間のネットワークの構築で、ヒトは発達するわけですが、これを組織に当てはめても同じことがいえるのではないでしょうか。

 

だから、いろんなタイプがいていいんです。

 

全員が意を発すると、ベクトルが乱れますが、意を発する人がいないと問題は提起されません。私の経験的に、理学療法士や作業療法士は、意を発する人が少ないように思います。

 

職業柄、優しい人が多く協力心が強い、それとトレードオフな関係で、自ら問題を提起し行動を起こす人が少ないように思えます。つまり、前頭葉タイプが少ないのです。

 

一方で、私たちの業界は、全体的に若い世代が増え、徐々に行動する人が増加しているように思えます。しかし、そのものが未熟なまま行動を起こすと、倫理・秩序が乱れます。

 

前頭葉はゆっくり成長しますが、それを人と見立てると、まだ未熟なまま意を発すると、ミスリードにつながる可能性も十分考えられます。

 

けれども、こうした多様性は発達の象徴です。発散と収束・淘汰を繰り返しながら、多様性が形成され、組織が成熟していきます。

 

私たちの業界は、今は発散中のように思えます。今後淘汰されつつも、多様化を起こしていくことが職域拡大につながると考えています。

 

だから、増えることに対して大きな危惧はなく、若い力は、多様性のある業界を形成するための重要な因子になると思っています。私は楽観主義ですし(笑)。

 

今後の重要なポイントは、時代に合わせる適応能力だと思っています。私自身、現状では病院内を中心に療法士がこれからも同様に働き続けることは難しいと考えています。

 

地域に根付き、そしてサイエンスにもエビデンスにも研究成果と相まり、きちんとした情報やリハビリテーションが対象者に提供されていけば、未来は明るいと思います。

 

どちらにしても、仕事自体がなくなることはないと思っていますが、現状、社会的ニーズに応えられるかは、課題が残っていると思います。

 

 

【目次】

第一回:不真面目な高校生活から一転、今の礎を築く養成校時代

第二回:自らアポを取り、パリ留学へ

第三回:熱傷にはじまり、腎不全、バイオメカニクス、そして脳研究へ

第四回:畿央大学前学長の生き様に憧れ、大学教員の道へ

第五回:共に楽しむことこそ、教育の原点

第六回:心身の揺らぎを忘れたとき、人間はロボット・AIにとって変わられる。

第七回:異業種、異世代、異性とのコミュニケーションが脳を育てる

最終回:生きる

森岡先生が大会長を務める第20回日本神経理学療法学会学術大会

【日程】

2022年 10⽉15⽇(⼟)〜16⽇(⽇)
アーカイブ配信期間:11月1日(火)~11月30日(水)

【会場】

大阪府立国際会議場(グランキューブ大阪)
〒530-0005 大阪府大阪市北区中之島5丁目3−51

※会場開催+アーカイブ配信

HP▶︎http://jsnpt20.umin.jp/index.html

森岡 周 先生 プロフィール

1992年 高知医療学院理学療法学科卒業

1992年 近森リハビリテーション病院 理学療法士

1997年 佛教大学社会学部卒業

1997年 Centre Hospitalier Sainte Anne (Paris, France) 留学

2001年 高知大学大学院教育学研究科 修了 修士(教育学)

2004年 高知医科大学大学院医学系研究科神経科学専攻 修了(特例早期修了) 博士(医学)

2007年 畿央大学大学院健康科学研究科 主任・教授

2013年 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長

2014年 首都大学東京人間健康科学研究科 客員教授

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター HP: http://www.kio.ac.jp/nrc/

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Facebook:https://www.facebook.com/shu.morioka

Twitter https://twitter.com/ShuMorioka

 

<2017年3月現在の論文・著書>

英文原著73編(査読付)、和文原著100編(査読付)、総説72編(査読無)

著書(単著・編著)15冊、(分担)20冊

http://researchmap.jp/read0201563

 

(撮影地、撮影協力:畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター内)

第五回:共に楽しむことこそ、教育の原点【森岡 周先生 | 理学療法士|畿央大学大学院健康科学研究科 主任・教授】

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