第一回:挫折の連続 ~神経生理学の道へ進んだワケ~【茨城県立医療大学 准教授|理学療法士 角友起先生】

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工業科だった高校時代、人の運動を計測する機器の製作を試みる

 

ー 先生は理学療法士であり、生理学の教員をされていると伺いました。本日は先生の研究してきた内容や理学療法士としての歩みを聞かせていただければと思います。

 

角友起先生 まず、私は自分が理学療法士であると認識はあまり持っていません。理学療法士という職業は、日々臨床の患者さんと向き合っている人たちや、そういう経験を豊富に積んできた人たちのことだと思っています。

 

一方私は、国家試験に合格はしましたが、研究の道に進んだため、本格的に臨床に取り組んだ経験はありません。要するに理学療法についてはアマチュアです。私にとって理学療法はあくまで自分の知識や経験のバックグラウンドのひとつと考えています。

 

ちなみに、ライセンスだけ持っているPTのことをペーパーPT、略してPPTと呼ぶことを健康科学大学の村松 憲先生とともに提唱しています。

 

○○RPT(Resistered Physical Therapist)と書いたりすることがありますけど、こちらは角友起PPT(Paper Physical Therapist)。何かのファイルみたいですね。

 

ー では理学療法士になったきっかけは何だったのですか?

 

角友起先生 大学の理学療法学科に入学する以前に工業高校の機械科で学んでいて、その当時から、人間の動きを分析する事に興味をもっていました。

 

加えて同級生でスポーツ科学に興味があるという女の子がいて、お近づきになるため・・・という背景があったような気がします(笑)。

 

高校3年生の課題研究(卒業研究のようなもの)で、ヒトの歩行や走る動作を計測・分析できないかと思い、歪みゲージを用いた床反力計を自作しよう考えました。

 

旋盤やフライス盤といった工作機械を使って、数か月かけて色々な部品を自分の手で工作しました。でもいざ組み上げてみると、微妙な切削誤差の影響でセンサ部の部材にうまく力が伝わらず、結局、全然使いものになりませんでした。

 

高校3年の青春を費やした結果、出来上がったのは何の役にも立たない鋼鉄製の踏み台でした(笑)。

 

この経験により、自分にはモノ作りの才能が無いことをはっきりと悟りました。そこで、自分は機器を作る側ではなく、それを使って測る側、分析する側の人間になろうと思いました。

 

当初、某国立大学の体育系に進もうと考えましたが、受験勉強そっちのけで毎日金属の切削片と機械油にまみれていたので、あえなく浪人することになりました。

 

浪人時代、体育以外の道も無いだろうかと模索するうちに、理学療法という分野を知りました。理学療法の大学の案内を見たら、その履修科目の中に「運動学」とか「動作分析学」というものがあり、「これしかない」と思いました。

 

受験生のころは、リハビリテーションについては何も知りませんでした。高校生の志望動機の常套句である「自身がリハビリを受けた経験」はもちろんありませんでしたし、そもそも(幸か不幸か)病院というところに行ったこともほとんどありませんでした。

 

浪人時代に受験した某公立大学では「リハビリテーションを知らないのに受験しに来たの?」みたいに嘲られたことを覚えています。

 

ほとんど門前払いのような感じで、「私のような人間は、こういう大学に入れないのかな」と落胆しましたね。

 

理学療法士になるために大学受験する人がほぼ全員だと思うので、私みたいな人間は奇特そのものだったと思います。

 

結局、浪人時代の最後にダメ元で受けた茨城県立医療大学が、なぜか私を受け入れてくれました。

 

面接官の「こいつ何しに来たんだ?」というリアクションは同じでしたが、茨城県立には懐の深さがあったのかもしれません(笑)。

 

挫折の連続 運動学~医学生物学~公衆衛生~神経生理学の道へ

 

ー 大学に入ってから、臨床に出ることは考えなかったのですか?

 

角友起先生 漠然と「いずれ臨床に出るのだろうな」と思っていましたが、深く考えていませんでした。なにしろ現場を見たことがなかったですし、どういう病気の人を扱うのかも知りませんでしたので。

 

ー 興味のあった運動学や動作分析についてはどうだったのですか?

 

角友起先生 「期待したようなものではなかった」と感じました。具体的には、ヒトの動作分析は、工学分野に比べて「雑な分析」という印象を持ったのです。高校の時はミリグラムという小さい単位で力を厳密に測定するという勉強をしていたので、理学療法の中で勉強する「運動学」は非常に大雑把だと感じました。

 

授業でその疑問を教授にぶつけたら「臨床で使うことを考えたら、そんなに厳密な測定にこだわる意味がない」と言われました。今考えてみると、臨床では実用的なレベルでものを測るということが大事であって、小さな単位での測定精度はほとんど不要でしょう。その先生は当たり前のことを言っただけなのに、当時はその言葉に納得できず、一人憤慨していました。本当に未熟だったので、人の話に耳を傾ける余裕がなかったのですね。

 

ー 大学院で研究をしてみようと思ったきっかけは何だったのですか?

 

角友起先生 直接的なきっかけは、ありきたりですが、卒業研究ですね。

 

興味のあった運動分析にも裏切られ(と勝手に思いこみ)、モチベーションが下がっていた大学2年の頃に、もう少し視野を広く持とうと考え、医学生物学に関する一般科学書を読むようになりました。

 

その中で特に免疫学に興味をもちました。非常に精緻で良くできた免疫のシステムに心を動かされ、このような医学生物学の研究を知りたいと思うようになりました。茨城県立では3、4年生の時に卒業研究がありましたので、私は免疫学に関連すると思われた病原微生物学の研究室で卒業研究を行うことにしました。

 

研究内容は、動脈硬化症進展と肺炎クラミジアという細菌との関連を調べるというものでした。ヒトの細胞を培養してそこに菌を感染させたり、ヒトの動脈硬化組織から菌の遺伝子を探したりといった、医学生物学の実験を経験しました。実験技術もそれに関する知識も初めて触れるものばかりで、とにかくひたすら勉強して、脳をフル回転させました。

 

この図は卒論で載せたクラミジアDNA検出実験の結果です。見る人が見ればすぐわかりますが、ネガティブデータです(笑)。人に見せられるものではないですが、私の挫折史の1ページとして。

 

 

ちなみに、この連載企画でも登場している健康科学大学の村松憲先生や産総研の村田弓さんとは、この卒業研究で切磋琢磨し合う仲でした。

 

彼らは生理学の研究室に所属していて、私は1階、彼らは3階にいました。どちらが良い研究をできるか、お互いにかなり意識していましたね。そういう仲間がいたことは非常に幸運でした。

 

この卒業研究では、科学への知的好奇心を満たす喜びを目いっぱい味わうことができ、大学卒業後もそのような研究を続けたいと思っていました。

 

ただ当時は、理学療法学科出身者が医学の大学院に行くということの壁が高い時代で、進路のあてが全然ありません。

 

結局、卒業研究の先生のつてで筑波大学の研究室を紹介してもらったのですが、そこは免疫でも微生物でもない、公衆衛生の研究室。卒研の先生はその公衆衛生の研究室と共同で、動脈硬化と肺炎クラミジアの関連の“疫学研究”を行っていたのです。

 

自分がやりたかったのは実験的研究でしたが、他に選択肢も無く、物は試しと思って入学しました。

 

修士課程では、ヒト血清中のクラミジア抗体価を測定し、それと循環器疾患発症リスクとの関連をコンピュータで統計解析…という研究を行っていました。その研究室に出入りする中で様々な公衆衛生・疫学の研究や実践を見聞きすることができ、非常に勉強になりました。

 

しかし私のやりたかったのは医学生物学的な実験研究でしたので、修士論文の研究に真の面白みを感じられず、悩む日々でした。私の人生は、こんな風に悩んでばかりです(笑)。

 

修士2年の夏に、日本生理学会が主催している生理学若手サマースクールというのがあって、何となく申し込みました。そのスクールで講師をされていたのが、筑波大学神経生理学の岩本義輝先生でした。

 

岩本先生は眼球運動制御を専門にされていて、非常に精密で論理的な眼球運動のシステムの講義は、かつて免疫学に心躍った時と同じくらいの感動を私に与えてくれました。

 

これがその時の資料ですが、未だに捨てられませんね。

 

スクールのあった翌週には岩本先生のもとを訪れ、博士課程でその研究室に進むことを決めました。この決心が自分の人生の大転換点だったと思います。

 

【目次】

第一回:挫折の連続 ~神経生理学の道へ進んだワケ~

第二回:研究は使命感よりも好奇心

第三回:PT/OT/STのための生理学?

 

角先生のおすすめ書籍

眼と精神―彦坂興秀の課外授業 (神経心理学コレクション)
Posted with Amakuri at 2017.9.5
彦坂 興秀, 河村 満, 山鳥 重
医学書院

 

角友起先生 この本は彦坂興秀先生という、世界的にも有名な生理学の先生が書いた本です。この先生は私の大学院の先生の先輩にあたる方で、尊敬する学者の一人です。対談形式になっていて、すごく読みやすくてオススメです。神経科学の専門的な話が多いのですが、臨床の疾患の話とかもいろいろ絡め、専門外の人でも興味を持てるように話を展開していて、その造詣の深さに感服します。

 

角友起先生「世の中に氾濫している脳ブームというものがどれだけ怪しいものか」ということを機能的MRIの有名な研究者が論理的に冷静に説いた本です。一般に、機能的MRIの画像は視覚的なインパクトが強く、それを見ると脳のこの部位が活動した・・・と安直に捉えてしまいますが、それは一番やってはいけないということを説いています。少し古くなった本ですが、内容は現在も通用するでしょう。

 

角友起先生のプロフィール

茨城県立大学医科学センター 准教授

【学歴】

2003年3月 茨城県立医療大学 保健医療学部 理学療法学科 卒業 

2005年3月 筑波大学大学院 修士課程医科学研究科 医科学専攻 修了(医科学修士) 

2009年7月 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 感性認知脳科学専攻 修了(神経科学博士) 

 

【経歴】

2008年4月~2010年8月 植草学園大学 保健医療学部 助手 

2010年9月~2013年3月 植草学園大学 保健医療学部 助教 

2013年4月~2014年7月 植草学園大学 保健医療学部 講師 

2014年8月~2017年3月 茨城県立医療大学 医科学センター 助教 

2017年4月~       茨城県立医療大学 医科学センター 准教授 

 

【著書】

「コメディカル専門基礎科目シリーズ 生理学」理工図書  第2章・第6章執筆

 

生理学 (コメディカル専門基礎科目シリーズ)

生理学 (コメディカル専門基礎科目シリーズ)

Posted with Amakuri at 2017.9.5

桑名 俊一, 荒田 晶子

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