- 研究のテーマを決めるのに悩むという若手セラピストの声を聞いたりもしますが、先生はもともと眼球運動についてやりたいと思って研究室に入ったわけではないのですね。
角友起先生 運動に関する実験科学がやりたいと思っていた時に、たまたま眼球運動の研究の話を聞いて興味を持った、というだけなので、前々からそのことをやりたいと思っていたわけではありません。単純に「面白そう」と思っただけで、大した志望動機ではありません。
臨床に出ている理学療法士が大学院に進みたいと思う理由の多くは、臨床で感じている問題点をより高度に追求してみたいということだと思います。
その理由は立派だし、尊敬に値します。ただ私は、もっと大学院を広くとらえて、「面白そうだから」とか「この分野を学んでみたい」といった単純な動機でテーマを探してもいいと思っています。
もちろんある程度は「将来的にこういうことに役に立つかもしれない」というビジョンも必要かもしれませんが、研究というものは、本来は知的好奇心を満たすために行うものでしょう。私の大学院の先生は「研究はつまるところ、遊びなんだよ」と言っていましたし。
私の所属した大学院の専攻は医学、生物学、心理学、芸術学、工学、障害学など、様々な分野の人がいました。私どもの生理学の研究室にもそういった人達が「勉強したい」と出入りしていました。自由に勉強して、自由にディスカッションしていました。相手のバックグラウンドを気にしたり、何をしたらいけないという雰囲気は全くありませんでした。
現職で理学療法士をやっている方が大学院に行くとなると「なんで行くの?その意義は?」ということをすごく考えますよね。少し背負い込み過ぎなのではないかな、と思います。学問はそもそも、使命感なんかなくて、面白そうだからやっているのでは。
ー となると、理学療法士ということにこだわらない方がいいのかもしれませんね。
角友起先生 そういった自分の制約から一回離れて全然関係ないことを続けていくうちに、見えてくるものがあります。
私は眼球運動を専門に研究しましたが、私も、私の先生も、私の仲間も皆、「眼球運動制御のしくみの研究を通して、運動をコントロールしている脳の仕組みを知りたい」と思っています。
脳というのは、基本的には似たような小さな要素を組み合わせてあるシステムを構築し、場合によってバリエーションを増やしていくものだと思います。各システム間の共通項が多いはずです。
眼球運動は他と比較して運動にかかわる筋肉が少なく解析が簡単なので研究によく用いられますが、その運動制御に関わる脳神経回路の原則は、他の身体運動と基本的には似ていると思います。
つまり、眼球運動を追求することで、身体運動制御のシステム全体に対する応用なりヒントが見えてくる、ということです。
私が行っている研究は、研究の中でも基礎中の基礎の分野で、理学療法士など臨床のセラピストにとっては異世界のように見えるのかもしれません。
しかし私は、眼球運動研究を経験することによって、広くヒトの運動の仕組みを眺めることができるようになり、一旦は離れた理学療法というバックグラウンドに間接的につながったと感じています。
ちなみに現在私は眼球運動の研究をお休みして、新たに疼痛の基礎研究を始めましたので、ますます理学療法に近づいてきました。自分のやっている研究が廻りまわって、いつか直接的にリハビリテーションに役立つ時が来るかもしれない、と期待しています。
すべての道は自分のバックグラウンドに通ずる可能性があります。若いセラピストの皆さんは、今までと違う方向を見て歩き出すことを恐れず、自由な精神で自分たちの知的好奇心を満たしてほしいと思います。
患者さんのための生理学
ー 先生は大学で生理学を教えていると伺いましたが、学生は生理学について苦手意識を持っている人も多いと思うのですが?
角友起先生 セラピストという職種が求める生理学は何なのか、これに関しては私も悩んでいます。「理学療法士・作業療法士は国家試験に合格するためには生理学が大事だ」という話を聞きますが、それは国家試験をちゃんと見たことがない人が言っているだけと思っています。
国試での生理学の配点は決して高くないですし、内容も難しくない。仮に国家試験に受かるレベルの生理学を教えればよいのであれば、教育は簡単だと思います。
でも本当にそれ以上教える必要がないのか、それとももっと違うものを求めているのか。そういうフィードバックを、具体的に欲しいと日々思っています。
解剖学はセラピストを目指す中でダイレクトに響きます。解剖学を知らないと筋骨格の構造が分からないので評価も行えません。解剖学が分からないと理学療法学が習得できない。運動学もしかりですね。
生理学はどこで役に立つのか、それを実感する機会が少ないのではないでしょうか。乱暴に言えば、高度な生理学を知らなくてもセラピストになれるわけです。
一方で、セラピストというこだわりを置いて、いち医療人として考えてみましょう。患者さんは何らの疾患に悩まされています。疾患のことを理解するには、生理学は絶対に必要です。
「私はあなたの筋骨格のことは分かるけれども、そのほかのことは知りませんよ」という医療人を、患者さんは信頼してくれるでしょうか。患者さんという一人の人格を理解することが医療人の基本姿勢であり、そのための知識が医療人に必要です。それを理学療法に活かせるのかどうか、ではなくて。
この大学(茨城県立医療大学)の教員になってからは、理学療法学科や作業療法学科だけでなく看護師や診療放射線技師の学科にも生理学を教えていますが、「理学療法士のための生理学」とか、「看護師のための生理学」という言葉はなるべく使わないように意識しています。
生理学は生理学です。よく、「○○のための」というキャッチコピーのついた本ありますが、じつは中身は全部同じです。特定の職種のための生理学ではない、患者さんのための生理学だと思ってもらいたいです。
また、全部の職種が同じ知識をもち、同じレベルで患者さんを理解するというのがチーム医療の大前提だと思います。チーム医療は役割認識&職種間連携ととらえるのが昨今の主流で、それはそれで否定はしませんが、それ以前に、共通基盤がしっかりしていることが大事です。生理学はその共通基盤の重要な柱だと思います。
ー 先生にとってプロフェッショナルとは
角友起先生 自分が仕事をする対象、サービスを提供する相手にとって何がいいのかを考えて行動する人です。
例えば大学教員だったら、学生にとって必要なのは何かを考えて、自分の行動を修正していく。それができている人です。自分の思いを一方的に押し付けるのではなく、ぶっちゃけ、自分の思いなんて無くてもいいから、相手のために何がいいのかを常に考え続けられる人かなと思います。なかなか難しいですけどね。
【目次】
第二回:研究は使命感よりも好奇心
第三回:PT/OT/STのための生理学?
角先生のおすすめ書籍
Posted with Amakuri at 2017.9.5
彦坂 興秀, 河村 満, 山鳥 重
医学書院
角友起先生 この本は彦坂興秀先生という、世界的にも有名な生理学の先生が書いた本です。この先生は私の大学院の先生の先輩にあたる方で、尊敬する学者の一人です。対談形式になっていて、すごく読みやすくてオススメです。神経科学の専門的な話が多いのですが、臨床の疾患の話とかもいろいろ絡め、専門外の人でも興味を持てるように話を展開していて、その造詣の深さに感服します。
脳科学の真実--脳研究者は何を考えているか (河出ブックス)
Posted with Amakuri at 2017.9.5
坂井 克之
河出書房新社
角友起先生 「世の中に氾濫している脳ブームというものがどれだけ怪しいものか」ということを機能的MRIの有名な研究者が論理的に冷静に説いた本です。一般に、機能的MRIの画像は視覚的なインパクトが強く、それを見ると脳のこの部位が活動した・・・と安直に捉えてしまいますが、それは一番やってはいけないということを説いています。少し古くなった本ですが、内容は現在も通用するでしょう。
角友起先生のプロフィール
茨城県立大学医科学センター 准教授
【学歴】
2003年3月 茨城県立医療大学 保健医療学部 理学療法学科 卒業
2005年3月 筑波大学大学院 修士課程医科学研究科 医科学専攻 修了(医科学修士)
2009年7月 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 感性認知脳科学専攻 修了(神経科学博士)
【経歴】
2008年4月~2010年8月 植草学園大学 保健医療学部 助手
2010年9月~2013年3月 植草学園大学 保健医療学部 助教
2013年4月~2014年7月 植草学園大学 保健医療学部 講師
2014年8月~2017年3月 茨城県立医療大学 医科学センター 助教
2017年4月~ 茨城県立医療大学 医科学センター 准教授
【著書】
「コメディカル専門基礎科目シリーズ 生理学」理工図書 第2章・第6章執筆
Posted with Amakuri at 2017.9.5
桑名 俊一, 荒田 晶子
理工図書