診断名は治療するためにつけるもの
ー 最初の研究はどのような研究だったのですか?
壬生先生:大学院で初めに研究したのが、CRPS患者さんの身体機能異常と脳機能異常の関連を調べる研究の一部で、メンタルローテション課題をCRPS患者さんに使用した研究を行い、IASP(国際疼痛学会)でも発表してきました。
その他、CRPSの身体知覚異常に関する質問票を翻訳して、妥当性を検証する研究も同時に行なっています。両方とも、論文を書いている途中です。
CRPSの患者さんは、診断が非常に難しく、数が集まりにくいため研究が難しい状況です。
ー CRPSの診断が難しいというのは具体的どうしてなのでしょうか?
壬生先生:大阪大学のペインクリニックで麻酔科医の先生と一緒に「CRPS疑い」の患者さんを診療していますが、IASPの定める診断基準を満たさないことが多々あります。
一緒に診療をしているペインの先生は、「CRPSという病気はありません。そもそも症候群です。ではなぜ、診断名をつけるのかといえば、“治療するため”に診断名をつけるのです。」とよく説明されます。
というのも、CRPS患者さんの社会的背景のひとつとして、補償問題、裁判があります。いわゆる疾病利得ですね。疾病利得には物理的なものだけでなく、例えば痛みが持続することで働く辛さから解放されるとか人が優しくしてくれるといった心理的なものもあります。
疾病利得の存在は、その人がそれを意識しているかしていないかに限らず、治療反応性に強く影響します。
事故や裁判が絡んでいる場合ですと、弁護士さんが「病院行ってCRPSの診断名をもらってきてください」ということもあります。そういう点で、前向きに治療していこうという患者さん以外にCRPSという診断名をつけることが果たしていいことなのか考えないといけません。
日本の判定基準では、「これらを補償や裁判の為に使用すべきでない」という文言が付け加えられていますが、まだそういう話は聞かれます。
ー そういった点で、慢性疼痛でよくならないパターンに裁判などが言われるのですね。ちょっと話の方向を変えますと、慢性痛を未然に防ぐ方法として、各種の質問紙等を利用した評価もしておくべきなのかなと思うのですが。
壬生先生:そうですね。実際に、TKA術前のCSI*スコアーが高い人は術後の予後が不良(Kim 2015))といったような研究結果も報告されていますから、十分に価値はあると思います。
CRPSの患者さんの中にも、一つの要因として中枢性感作はあると思います。ただ、CRPSと診断されている患者さんのほとんどは1年以内に緩解するという報告もあります(Bean et al., 2014)。難渋例は、身体知覚異常などを伴う場合が多いのかなと感じています。
また、この手の問題において“精神・心理的要因”が取り上げられることがありますが、発症に関与しているわけではなく、予後に関与しているという報告があります(Beerthuizen A et al.,2011; Been et al. 2015 etc.) 。
*中枢性感作(Central Sensitization:CS)とは中枢神経系の過度な興奮によって,疼痛,疲労,集中困難及び睡眠障害などの症状を引き起こす神経生理学的徴候で、近年,CSの評価として,自記式質問紙であるCentral Sensitization Inventory(CSI)がスクリーニングツールとして開発された。CSIの日本語版Central Sensitization Inventory(CSI-J)
続くー。
【目次】
第一回:西上先生に救われた過去
第二回:疾病利得
第三回:痛みは良くならないとしても
最終回:慢性疼痛を阻止せよ
壬生先生オススメ書籍
壬生 彰先生のプロフィール
学歴
2007 年 3 月 広島県立保健福祉大学保健福祉学部理学療法学科 卒業
2013 年 3 月 神戸大学大学院保健学研究科博士前期課程終了 修士(保健学)
2018 年 3 月 大阪大学大学院医学系研究科博士後期課程 単位修得退学
職歴
2007 年 4 月 社会福祉法人恩賜財団済生会兵庫県病院リハビリテーション科(2012年6月まで)
2012 年 7 月 医療法人曉会田辺整形外科上本町クリニックリハビリテーション科(現在に至る)
2015 年 4 月 大阪大学医学部附属病院麻酔科ペインクリニック(現在に至る)
2017 年 4 月 甲南女子大学看護リハビリテーション学部理学療法学科 助教(現在に至る)
受賞歴
2014 年 6 月 第36回日本疼痛学会 優秀演題
その他(社会活動や著書など)
2016 年 9 月 日本ペインリハビリテーション学会 代議員(現在に至る)