本研究のポイント
- ・パラアスリートの多くは食事の準備に介助を必要とし、理想的な食事の実現が困難
- ・健康的な食習慣であると自覚しているパラアスリートでさえ、栄養に対する知識は低い
- ・パラアスリートは長い競技人生や引退後の健康維持も見据えた栄養面でのサポートが重要
概要
大阪市立大学 生活科学研究科 出口 美輪子(でぐち みわこ)特任助教、都市健康・スポーツ研究センター 横山 久代(よこやま ひさよ)准教授、生活科学研究科 本宮 暢子(ほんぐう のぶこ)特任教授らの研究グループは、パラアスリートの栄養に関する知識や理想とする食事の実現ができているか等の食行動上の課題を明らかにするため、国際大会および国体出場レベルかつ肢体不自由を伴うパラアスリート 32 名に、栄養知識や食行動、ボディイメージ(自分自身が無意識に持っている「自分の身体」についてのイメージ)等をアンケート形式で調査しました。
その結果、対象の約 4 割が食材の調達や調理に介助を必要としており、自力ではパラアスリート自身が理想としている食事の実現が難しいことがわかりました。また、良いボディイメージを持っているパラアスリートほど自身の食習慣を健康的であると評価していましたが、実際には栄養知識について問う設問の正答率は低く、「体調が良い」「身体に異常がない」といった主観的感覚をもとに自分の食事量を「適切」と判断していることがわかりました。さらに、パラアスリートが栄養に関する知識を得る手段として、栄養士を挙げた例は極めて少なく、スポーツ栄養の正しい知識を持っている栄養士との接点がほとんどないのが実態であると思われました。
本研究によってパラアスリートに対する栄養知識の教育や、食行動におけるサポート体制の必要性が明らかになりました。今後、このような対処に関わる研究の蓄積によって、より効果的な栄養サポート方法の開発に貢献することが期待されます。
本研究成果は、国際学術誌『Nutrients』に 2021 年 9 月 6 日にオンライン掲載されました。
研究者からひとこと
栄養士がパラアスリートのチームの一員となり、スポーツ栄養戦略を通じてパラアスリートが最高のパフォーマンスを発揮できるコンディションを作りたい。今回の研究結果は、私たちのそのような思いを一層強くしました。今後は、このエビデンスを活用し、競技種目、年齢などを考慮した実践的栄養サポートの研究につなげます。(出口特任助教・横山准教授・本宮特任教授)
【発表雑誌】 Nutrients(IF=5.717)
【論 文 名】 Eating Perception, Nutrition Knowledge and Body Image among ParaAthletes: Practical Challenges in Nutritional Support
【著 者】Miwako Deguchi, Hisayo Yokoyama, Nobuko Hongu, Hitoshi Watanabe, Akira Ogita, Daiki Imai, Yuta Suzuki, and Kazunobu Okazaki
【掲載 URL】https://www.mdpi.com/2072-6643/13/9/3120
研究の背景
パラスポーツは近年、これまでの福祉的な位置づけから、アスリートとしての高度なパフォーマンスが追求される競技スポーツへと変遷しました。しかし、パラアスリートに対する栄養サポートの取り組みは、健常アスリートに比べて大きく後れをとっています。これは障がいに伴う食行動上の問題が多様であること、栄養管理の基本となるエネルギー必要量の設定が難しいことなどから、利用可能な指針がないことが理由として考えられます。本研究はパラアスリートのスポーツ栄養実践における課題を明らかにすることを目的に実施しました。
研究の内容
2020 年 11 月~2021 年 3 月の期間に、国際大会や国体出場レベルの肢体不自由を伴うパラアスリート 32 名(平均年齢 40.5 歳)と、大阪市立大学または大阪府立大学の運動部に所属する大学生アスリート 45 名(同 21.2 歳)を対象に、栄養知識や食行動、ボディイメージ等についてWeb アンケートを用いて調査しました。
その結果、約 4 割のパラアスリートが食材の調達や調理に介助を必要としていることがわかりました。また、パラアスリートでは、良いボディイメージを持っている者ほど自身の食習慣を健康的であると評価していました(表 1)。
Spearman’s rank correlation coefficient test (表 1)
一方で、栄養知識について問う設問の正答率は、一般栄養、スポーツ栄養のいずれにおいてもパラアスリートは大学生アスリートに比べて低い結果となり、自身の食習慣が健康的であるという評価は、必ずしも栄養知識に裏付けられたものではないことがわかりました(表 2)。
※Mann-Whitney U test(表 2)
パラアスリートの約半数は自身の食事摂取量を「適切である」と回答しましたが、そのように回答した理由を問うと、「体調に変化がないから」「身体に異常がないから」といった主観的感覚に基づいていました。パラアスリートは立位をとることができず、また、四肢に切断・欠損がある場合には体重や体脂肪率を測定することも難しいため、これらの客観的指標をもとに栄養の過不足を判断することが難しいという背景がうかがえました。
また、栄養に関する情報を何から得ているかという問いに対して、栄養士を情報源に挙げたパラアスリートはほとんどおらず、栄養士と話す機会があれば何か聞いてみたいことはあるかという問いに対して「ある」と回答したパラアスリートはわずか 19%で、聞いてみたい内容も、「今後どのような食事をとればよいか」など、具体性を欠くものがほとんどでした。
このことから、パラアスリートは栄養士との接点がなく、このことが栄養知識の低さや栄養に対する関心の低さに影響を与えている可能性があると考えられました。
期待される効果
パラアスリートのスポーツ栄養実践における課題として、栄養知識が低いこと、体調などの主観的感覚から自身の食事量が適切かどうかを判断していること、栄養士との接点がなく、食事や栄養に関する関心が低いことなどが明らかとなりました。これらのことから、栄養士による栄養教育の機会を増やすことが、パラアスリートの栄養知識の向上と栄養サポート方法の確立に貢献することが期待されます。
今後の展開について
今後はパラアスリートのエネルギー消費量の推定方法の開発など、栄養指針の確立に寄与する基礎研究を行うとともに、本研究で明らかとなったスポーツ栄養実践における課題や実際の食事調査を踏まえた栄養サポートに関する実践的研究を行います。
資金情報
本研究の一部は、文部科学省補助事業「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(牽引型)」2021 年度連携型共同研究助成による助成を受けました。
詳細▶︎https://www.osaka-cu.ac.jp/ja/news/2021/210909-2
注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。