短期間の運動習慣が高齢期の認知機能や脳の可塑性を促す -高齢期における前頭前野の柔軟な可塑性-

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概要

京都大学大学院総合生存学館 積山薫 教授らの研究グループは、3 カ月間の運動介入により高齢者の認知機能が向上し、脳の構造(皮質容積や皮質厚)が変化することを明らかにしました。運動習慣が加齢による認知機能の低下を防ぎ、脳の機能や皮質容積、皮質厚を変化させることは報告されてきましたが、認知機能と脳の変化がどのように関係するかについてははっきりした結果が得られていませんでした。研究チームは、高齢者 50名を体操教室に週 1 回通う介入群と通わない待機群に分け、認知課題の成績や脳の変化にどのような違いが現れるかを調べました。その結果、介入群は認知成績が向上し、前頭前野( 中前頭溝)の皮質容積が増えているほど認知成績が向上していました。待機群では、課題成績や前頭前野の皮質容積や皮質厚の変化はなく、海馬の容積が減少していました。また、待機期間中、認知成績をより維持している人ほど、認知課題中の前頭前野の領域間のつながり(機能的連結)が強くなっており、認知機能低下を補う代償機能が働いていると考えられます。これらの結果は、高齢者が日頃の運動を続けることにより、脳や認知機能の変化を促し、日常生活の質を維持できる可能性を示唆しています。本成果は、2021 年 5 月 3 日に英国の国際学術誌「Cerebral Cortex」にオンラインで、10 月号に紙面で掲載されました。

 

図. 3 カ月間の運動介入により、前頭前野における皮質容積の増加と認知機能の向上が見られ、両者には相関が見られました。

 

背景

運動習慣が、認知機能や脳の活動、皮質容積、皮質厚を変化させることが報告されてきましたが、これらが関連することをクリアに示した研究はほとんど見られません。また、これまで報告されてきた運動介入期間は 6 カ月以上が多く、3 カ月という短期間の運動介入による効果について行動面と神経学的側面を網羅した確かな知見が得られていない状況です。

 

研究手法・成果

本研究は、3 カ月間の運動介入プログラムを準備し、磁気共鳴画像法( Magnetic(Resonance Imaging: MRI)を用いて、脳の皮質容積や皮質厚、ならびに認知課題中の脳領域間のつながり(機能連結)の変化を平均年齢 73歳の高齢者 50 名について調べました。参加者は、研究への参加に同意後、3 カ月間、体操教室に週 1 日通う介入群と通わない待機群にランダムに分かれ、介入開始前と介入終了直後に、認知課題と脳画像計測(脳構造と課題中の活動)を行いました。認知機能検査として軽度認知障害の検査に使われる MoCA(Montreal Cognitive Assessment)注 1と、MRI 課題としてワーキングメモリ課題(N-back)注 2を使いました。

3 カ月後、介入群では MoCA の成績が介入前に比べ上昇し、前頭前野の(「中前頭溝」の皮質容積が増加していました。さらに、中前頭溝の容積が増加している人ほど MoCA の成績が向上していました。一方、待機群では、3 カ月後でも MoCA の成績の向上が見られず、脳の深部にあり記憶に関わる海馬の容積が減少していました。また、ワーキングメモリ課題中の前頭前野における領域間の機能的連結が強くなっている人ほど、MoCAの成績が維持されていました。つまり、加齢による認知機能の低下を補う代償機能が前頭前野で働いたと解釈することができます。これらの結果は、加齢が進んでも、多様な認知機能に関わる前頭前野が可塑性を持ち得ることを示しています。

 

波及効果、今後の予定

高齢化が進む日本において、認知機能を維持し向上させることは、社会全体にとってだけではなく、個人が晩年において日常生活をよりよく享受するために重要です。本プロジェクトの成果により、短期間における運動習慣によって加齢に伴う認知機能の低下が抑えられ、前頭前野の皮質容積が変化することがわかりました。一方、今後、明らかにしていかなければならない課題もあります。前頭前野を含む脳の可塑性には年齢的な限界はないのでしょうか。また、より効果的に認知機能や脳の可塑性を促す方法はあるでしょうか。今後の研究において、さらに科学的知見を積み上げていく必要があります。

 

<研究プロジェクトについて>

本研究は、科学研究費補助金基盤研究(S)( 16H06325,代表: 積山薫)の助成を受けて実施されました。プロジェクトチームは、京都大学大学院総合生存学館、ならびに京都大学こころの未来研究センターを含む複数の教育( 研究機関から構成されました。本研究の実施にあたり、京都市シルバー人材センターの協力を得ました。

研究グループの構成員一覧 京都大学大学院総合生存学館 積山薫 教授、曽雌崇弘 同特任講師 現 国立精神 医療研究センター)、スウェーデン ウメオ大学 Micael(Andersson 専任研究員、立教大学現代心理学部 川越敏和 助教( 現 東海大学スチューデントアチーブメントセンター)、NTT データ経営研究所 西口周 シニアコンサルタント、筑波大学大学院人間総合科学学術院 山田実 教授、京都大学こころの未来研究センター 阿部修士 准教授、大塚結喜 同研究員、中井隆介 同特定講師、熊本大学先端科学研究部 伊賀崎友彦 准教授、熊本大学自然科学研究科 Adibah Aslah 大学院生

 

<用語解説>

1MoCA(Montreal Cognitive Assessment)

早期発見が困難な初期の認知障害を発見するために使われる簡易認知検査である。記憶、知覚、注意、言語などの多様な検査項目を含む。

2ワーキングメモリ課題

画像などを短期的に記憶に保ちながら、他の処理を並行して行うために必要な作業記憶を調べる課題の総称。本研究で用いた N-back 課題は代表的な課題の一つであり、数字や顔などの現行刺激を短期記憶にとどめながら、先行刺激が同じであるかどうかを連続的に判断することが要求される。

 

<論文タイトルと著者>

タイトル

Prefrontal Plasticity after a 3-Month Exercise Intervention in Older Adults(Relates to EnhancedCognitive  Performance (高齢者における 3 カ月間の運動介入による前頭前野の可塑性は認知行動の向上に関連する)

著者

Soshi Takahiro, Micael Andersson, Kawagoe Toshikazu, Nishiguchi Shu, Yamada Minoru, OtsukaYuki, Nakai Ryusuke, Abe Nobuhito, Adibah Aslah, Igasaki Tomohiko, Sekiyama Kaoru

掲載誌

Cerebral Cortex  DOI 10.1093/cercor/bhab102

 

詳細▶︎https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-12-14

 

注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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