宇宙時代の到来【宇宙リハビリテーション研究会|森貴史 増澤諒 植村優香】

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1990年、当時TBSの記者だった秋山豊寛氏が日本の民間人としてはじめて宇宙へ飛びたった。その日から31年後、前澤友作氏が日本の民間人としてはじめて国際宇宙ステーション(ISS)に滞在している。

そのわずか数日前、「第67回日本宇宙航空環境医学会」のシンポジウムで行われた「リハビリテーション専門職と宇宙医学」を拝聴した。かつて私が想像した、療法士の宇宙分野への進出がすでに行われていたことを知った。

私が安易に“想像”したものとは異なり、現在“創造”されている宇宙リハビリテーション(宇宙リハ)なるものは、宇宙のように大きな可能性であふれていた。今回「宇宙リハは、療法士にとって職域拡大の分野として成り立つか」という疑問をシンポジウムで登壇された3名に伺った。

注)緊急事態宣言中のため取材はZOOMにて実施。

#宇宙リハなう

 「宇宙リハ」中でも私が想像する具体的な内容は「宇宙飛行士に対するリハ」である。実際には何を宇宙リハとするのか、JAXA日本人宇宙飛行士の健康管理運用に関わっている理学療法士(PT)の森貴史さん(有人宇宙システム株式会社:JAMSS)に話を伺った。森さんは3年ほどの臨床経験の中で「人とは違った何か」を模索していた。いくつかのきっかけを経て、JAMSSに居場所を見つけた。宇宙飛行士に対する生理的対策(運動トレーニング)に対して「PTの知見を活かせないか」と考え、現職に身を置くこととなった。

 

今井:宇宙飛行士に対する“生理的対策”とのことですが、PTである必然性はありますか?

森:生理的対策は、PTが通常対象としている「障害をもった方へのリハビリ」に対し「健康的な宇宙飛行士へのトレーニング」の要素が強く、正直なところ、PTである必然性は低いと思います。医学的側面のサポートでは、医師(フライトサージャン)や看護師がいますが、理学療法士の枠はありません。ただし、生理的対策の枠組みなど(例えば「飛行後宇宙飛行士へのリハビリ」)でPTの強みをエッセンスとして活用することは可能だと思っています。

今井:実際、森さんが現在行なっている仕事はどんな仕事なのでしょうか?おそらく機密事項も多いと思いますのでお話しできる範囲で教えてください。

森:大きくはJAXA日本人宇宙飛行士の健康管理運用業務支援です。現在私は、宇宙飛行士の生理的対策担当者とバイオメディカルエンジニア(BioMedical Engineer)※1の認定を取得するため、OJT(On the Job Traininng)を受け候補生として勤務しています。

※1:バイオメディカルエンジニアとは:ISS搭乗中に実施される健康管理運用計画の内容確認や国際調整、健康管理運用スケジュール管理、精神心理支援・運動状況確認等のプライベートカンファレンス実施支援など、各種健康管理運用支援を行う担当職。

宇宙でのADL

 宇宙リハの可能性は、いま話題の「宇宙旅行」もポイントになるという。それほど遠くない未来にやってくるであろう「宇宙旅行」時代に、療法士は必要になるのだろうか?さらに先の未来、もし人類が地球以外の場所で暮らすとき、我々療法士は必要とされるのだろうか。この点に関して、森さんと作業療法士(OT)の植村優香さんに話を伺った。植村さんは昨年OTの資格を取得後、京都大学大学院に進学。小さい頃から漠然と宇宙に興味を抱いていたが、大学に進学するまで忘却していた。学部生時代に、JAXAが開催したイベントに参加したことをきっかけに宇宙熱が再燃。宇宙飛行士の土井隆雄さんや、宇宙に真剣に取り組んでいる友達がいる環境に身を置きながら、宇宙リハへの興味を隠すことなく、OT未踏の地「宇宙」から作業療法拡張の可能性を目論む。

 

今井:植村さんが今後行いたいことは、宇宙飛行士への作業療法ということでしょうか?

植村:どのように関わっていくか、まだ考え中ですが、まずは「宇宙での生活」を実際になるべく間近で学びたいと思っています。今は、院生の間に臨床経験を積みたいと考えています。

今井:将来的にはJAMSSやJAXAなどで働きたいということでしょうか?

植村:それも視野に入れています。まずは、OTの文脈で“宇宙”を語ることについて、自分なりの理解と、議論をしていきたいと思っています。

わたしは作業療法の理論について、作業療法は「全ての方を対象に」することができるはずであると理解しています。しかし現状は、医療・福祉・教育などの中にとどまっています。OTが宇宙に関わることで作業療法技術の拡張が行えて、作業療法がより社会に貢献できるようになるではないかと考えています。

とはいえ、OTの一番の得意分野は「生活」であり、OTが宇宙で真価を発揮するのは人類が地球以外で「生活」をはじめてから、もう少し先の話になるのかもしれないとも思っています。その時に、宇宙でしっかりと作業療法技術が生かせるよう、今から準備していたいです。

今井:その点、今回の目的として「宇宙リハは療法士の職域拡大の一手となるか?」という点をお聞きしたいのですが、森さんいかがでしょうか?

森:今後、「宇宙専門理学療法士」の資格ができるかもしれません。しかし問題は、現状だと今回のお話のように出口戦略がないという点です。つまり、資格を取得しても働き口がとても限られています。ただ、将来的に宇宙旅行や宇宙探査の場面で、障がいのある方や高齢者などの多様な搭乗者に向けた支援として、宇宙医学や産業医学に関する知識を持ったリハビリテーション専門職の需要が増えるかも知れません。

今井:宇宙旅行はすでに現実のものとなってきましたが、移住の目処は立っているのですか?

森:そうですね。一般公開されているISECG GER 2018※2日本の国際探査シナリオ(案)2019の情報だと、2030年頃に4人ほど月に滞在して、2040年ぐらいに長期月面滞在を想定しています。さらにその10年後くらいに火星という話になると思いますが、私たちが定年の頃には民間人も含めて月面居住がはじまっているかな?と思います。

※2:International Space Exploration Coordination Grope The Global Exploration Roadmap 2018

宇宙技術を地上リハへ

〇〇×リハビリテーションという表現を何度目にしたことだろう。その中で今回飛び込んできた宇宙リハなるものは、どのようなものか?実は、身の回りにある生活必需品の中に宇宙開発で生まれた技術が多々活用されていた。ここからの話は地上の技術を宇宙に生かすのではなく、その逆。宇宙の技術を地上に応用することを目的とした話に、焦点を当てていきたいと思う。ここでお話を伺うのは、PTの増澤諒(松本大学)さん。増澤さんは、とにかく宇宙への興味で溢れていた。その中でも「宇宙実験」に興味をもち、動物実験を行う研究者の門を叩いた。そして、現在のラボを紹介され在籍。PTという視点は後追いなのだそう。現在は「宇宙で衰えない筋肉をつくる」研究を地上リハに応用できないかと考えている。

 

今井:すごく雑な質問なのですが、宇宙で行われる実験って動物実験含め何の意味があるのですか?

増澤:実は鋭い質問でして「何かしらの意味を見出して」みなさん研究されています。その中で宇宙でやる強みもあります。例えば、無重力じゃないと作れない結晶化の技術だったり、iPS細胞由来の細胞塊が作りやすい環境です。

その中で、我々が行なっていることは「無重力に曝露した時に生態がどのような変化を起こすのか?」ということを解明することで、寝たきりになった方へ応用するような技術が知見として得られるのではないかと考えています。

今井:宇宙医学で使われた技術が地上で生かされる事例というのは、現在でどのようなものがあるのでしょうか?

増澤:非常に多岐にわたっているので、我々の身近なもので言いますと赤外線で計る体温計は宇宙医学の結晶です。星の温度を測るときに赤外線を使った技術の応用です。みなさんの知らないところで、沢山の宇宙医学技術が応用されています。

今井:リハに応用されているものは何がありますか?

増澤:反重力トレッドミルや電気刺激を使ったハイブリッドトレーニングが、ここ最近でリハに応用されたものでしょうか。スポーツ業界におけるコンパクトなトレーニング機器の多くは、アポロ時代に狭い船内でトレーニングができるように開発されたものだと聞きます。

森:私は直接関わっておりませんが、弊社でもリハ向けの機器として「ぷるそら※3」という運動機器を高齢者施設等で取り扱っていただいています。

増澤:宇宙で活用されたものが、地上で活かされるだけではなく、その逆もあります。例えば、骨が衰えないように骨量低下を抑える薬が宇宙で使われました。この地上と宇宙の両方のスピンオフ※4があります。

※3:ぷるそら:宇宙空間にいる宇宙飛行士の筋力等が低下するメカニズムは、寝たきりによる筋力等の低下と類似点が多いことに着目。ぷるそらは、宇宙飛行士トレーナーの知見を生かして考案した携帯できるケーブルエクササイズマシンです。

※4:NASAスピンオフ製品参考:Home | NASA Spinoff

職域拡大の一手となるか?

今井:皆さんに質問するのは失礼かもしれませんが、宇宙リハは我々療法士の職域拡大の一手となるか?という点を最後にお聞かせください。

増澤:そうですね。この分野に骨を埋める覚悟ですので、なるかどうかよりも「する」という決意です。ただこれは、我々の分野に限ったことではなく医師においても同じです。宇宙医学に関わりたかった医師はこれまでも多くいたと思いますが、チャンスが極端に少ない時代でした。

また、この分野への進出は我々医学が進歩するだけでは難しく、工学としても経済的な面も進歩する必要があると思います。宇宙事業は一つの分野で成り立っていないので、社会全体の課題にはなると思います。

その点で、産業が生まれる前から取り組まなければなりません。産業が出来てからでは遅い。だからこそ今やる価値があります。

植村:作業療法の職域拡大という意味ではいまはまだ時期尚早かもしれませんが、将来、人類が宇宙での生活を始める時、それまでにしっかり準備をしておけば、かならず必要とされるようになると思います。私は作業療法の技術を生かして、有人宇宙活動のために自分ができることをしていきたいと思っています。“療法士としての活動にとどまらない”という点が宇宙の魅力であり特徴かもしれません。

今井:“療法士としての活動にとどまらない”という点で植村さんにすごい良いヒントをいただけたと思います。職域を考えるときに、この考え方がどの分野においても重要な気がしています。最後に、森さんに伺いますが宇宙リハに興味があり携わりたいと考えた場合、この能力は必須だというものを教えてください。

森:私が今強く思うのは「英語」や「コミュニケーション」の能力です。有人宇宙系に携わる場合、特にNASA(アメリカ航空宇宙局)との連携が要なのでリハを行うにしろ、必須となることは間違い無いと思います。

今井:ありがとうございました。最後に、私はいつか宇宙旅行に行きたいと考えていますが、やはり皆さんも行きたいですか?

植村:宇宙旅行には行きたいです。

増澤:そうですね。行きたいですね。

森:色々と恐怖症なので行きたくないですね。地上で見守っています。

・・・・

理論上、宇宙とは地上から100km上空からをいう。現在、前澤氏が滞在するISSは地上から約400km。つまり東京と大阪を一直線に結んだ距離と等しい。ちなみに月までは約38万km。これを途方も無い距離と捉えるか否かは個人によって異なる。宇宙リハもきっとそれだ。ある人から見れば、それは途方もない未来にみえる。今回インタビューした3名には、そう見えないのかもしれない。

プロフィール

増澤 諒

学歴/職歴:

2007-2011 つくば国際大学医療保健学部理学療法学科

2011-2013 医療財団法人みさき会たむら記念病院リハビリテーションセンター

2014-2015 オーストラリア留学

2015-現在  株式会社いずみ

2016-2018 松本大学大学院健康科学研究科修士課程

2018-2021 同大学研究生

2021-現在  同大学博士課程

所属:

株式会社いずみ

松本大学大学院健康科学研究科博士課程

つくば国際大学医療保健学部理学療法学科非常勤講師

活動:宇宙惑星居住科学連合若手の会監事

日本宇宙航空環境医学会若手の会世話人

森 貴史

学歴/職歴:

2012年~2016年 日本福祉大学健康科学部リハビリテーション学科理学療法学専攻(理学療法士免許取得)

2016年~2019年 名古屋大学医学部附属病院リハビリテーション部勤務

2019年~2021年 筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻

2021年~    現職

所属:

有人宇宙システム株式会社有人宇宙技術部健康管理運用グループ

植村 優香

学歴/職歴:

2017-2021 神戸大学医学部保健学科作業療法学専攻

2021-現在 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻修士課程

所属:京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻修士課程

活動:Space Medicine Japan Youth Community 所属

宇宙リハビリテーション研究会

▶︎https://spacerehabilitation.jimdofree.com/

お問い合わせ:space.rehab@outlook.jp


有人宇宙システム株式会社(Japan Manned Space System Corporation:JAMSS)

▶︎https://www.jamss.co.jp/

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