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腹腔細胞が老化による認知機能低下を改善することを発見

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東邦大学医学部薬理学講座の武井義則准教授と杉山篤教授、京都大学の平澤明准教授、立命館大学の高田達之教授らの研究グループは、高齢マウスを使って、腹腔細胞の老化改善が認知機能老化の改善につながることを見出し、ヒトの60歳ごろに相当するマウスの認知機能を、20-30歳ごろと同等に改善することに成功しました。今後さらに検討を進めることで、高齢者の認知機能老化の予防や改善が可能になることが期待されます。この研究成果は2022年5月20日にAmerican Aging Associationの学会誌「GeroScience」のWeb siteに先行発表されました。

発表者名

武井 義則(東邦大学医学部薬理学講座 准教授)

発表のポイント

・ケモカインCX3CL1を高齢マウスの腹腔に投与すると、老化によって変化した腹腔細胞の性質が回復し、老化した認知機能が改善することを明らかにした。

・CX3CL1投与によって老化が改善した腹腔細胞を別の高齢マウス(ヒトの60歳ごろに相当するマウス)に移植すると、認知機能が回復(20-30歳ごろと同等)することを明らかにした。

・腹腔細胞の老化と認知機能老化との関係性を明らかにした。

・生理的な認知機能老化を予防あるいは改善して高齢者のQOL向上に貢献しうる。

・老化とともに発症リスクが上昇する疾患の予防法開発に結びつくものと期待される。

発表概要

運動習慣が老化の進行を遅らせる一方で、肥満はその進行を早めるなど、日常の生活習慣が老化の進行に影響すると考えられているが、未だ老化した脳機能を改善する方法は確立されていない。研究グループは、腹腔細胞(注1)の老化を改善すると、その刺激が脳に伝達されて認知機能の老化が改善されることを明らかにした。このメカニズムを用いて、ヒトの60歳ごろに相当する高齢マウスの認知機能を、20-30歳ごろに相当する若齢マウスと同等に改善することに成功した。自然に起きる生理的な老化の予防法や改善方法の開発の基盤となる成果で、高齢者のQOL向上に貢献するとともに、認知症などの老化とともに発症リスクが上昇する疾患、加齢関連疾患の予防法の開発などに結びつくものと期待される。

発表内容

認知症などの病的な状態がなぜ引き起こされるのかを明らかにする研究が広く行われる一方で、自然な老化そのものに対する研究は少ない。まもなく、65才以上の5人に1人が認知症あるいは軽度認知機能障害になると言われているが、残りの4人の認知機能が老化しないわけではない。特に疾病などの理由がなくても、50歳ないし60歳前後から、新しいことが以前のように覚えられなくなったなど、認知機能の衰えを自覚し始める人が多い。老化は、誰もが直視せざるをえない問題である。しかし、その正確なメカニズムは解明されていない。脳由来神経栄養因子(BDNF)は、そのほとんどが脳で作られ、脳の機能維持や神経細胞の生存に重要な働きを持つだけでなく、血液脳関門を通過して心臓などの末梢組織の機能にも影響している。脳でのBDNF発現は加齢とともに低下し、老化との関連性が考えられている。

 

研究グループは、腹腔細胞の老化を改善すると、その刺激が迷走神経(注2)を通じて脳に伝達され、BDNF発現を上昇させて老化した認知機能を改善することを見出し、認知機能老化を抑制する新たな腹腔細胞と脳との関係性を明らかにした。免疫細胞の遊走を制御するケモカイン(注3)の一つであるCX3CL1は、運動によって発現が上昇することが知られていたが、その役割は不明であった。研究グループは、CX3CL1を高齢マウスの腹腔に投与すると、老化によって変化した腹腔細胞の性質が部分的に回復すると同時に、老化した認知機能が改善することを明らかにした(図1)。このCX3CL1投与によって老化が改善した腹腔細胞を別の高齢マウスに移植すると、移植された高齢マウスの認知機能が回復することも明らかになった。さらに、腹腔へのCX3CL1投与は脳のBDNF発現を亢進し、その亢進は迷走神経を切断すると消失した。これらの結果は、腹腔細胞の老化が迷走神経を介して、脳の老化に影響している可能性を示した(図2)。

 

BDNFの発現低下は、うつ症状、双極性障害、認知症などの多くの精神疾患と相関するだけでなく、虚血性心疾患、動脈硬化などの循環器系の疾患との関係も指摘されている。これらの疾患は加齢とともに発症リスクが増加する加齢関連疾患であり、加齢による発症リスクの増大は、脳でのBDNF発現が加齢とともに減少することと合致している。脳のBDNF発現を上昇させる方法として、運動やポリフェノールの摂取、腸内細菌叢の調節、睡眠、ストレスの低下など、日常の生活習慣、食習慣の改善が期待されているが、未だ老化した脳機能を改善する方法は確立されていない。本研究は、腹腔細胞が脳の老化により低下したBDNF産生を回復して脳機能を改善するための有効なターゲットとなることを示している。

 

今後、さらに検討を進めることで、生理的な老化の進行を制御するメカニズムを解明し、老化を治療することを可能にして、高齢者のQOLの向上や加齢関連疾患の予防に貢献することが期待される。

発表雑誌

雑誌名

「GeroScience」2022年5月20日 online publication ahead of print

論文タイトル

Alteration in peritoneal cells with the chemokine CX3CL1 reverses age-associated impairment of recognition memory

著者

Yoshinori Takei*, Yoko Amagase, Keiko Iida, Tomohiro Sagawa, Ai Goto, Ryuichi Kambayashi, Hiroko Izumi-Nakaseko, Akio Matsumoto, Shinichi Kawai, Atsushi Sugiyama, Tatsuyuki Takada, and Akira Hirasawa

DOI番号

10.1007/s11357-022-00579-3

用語解説

(注1)腹腔細胞

内臓の周りに広がる腹部内腔を腹腔と呼ぶ。腹腔には、マクロファージやB細胞などの多くの常在性免疫細胞が存在しており、それらをまとめて腹腔細胞と呼ぶ。自然免疫反応に関与すると考えられている。

(注2)迷走神経

脳と内臓などの末梢器官をつなぐ自律神経系で、脳からの情報を末梢器官に伝えるだけでなく、末梢器官の情報を脳に伝える役割も担っている。

(注3)ケモカイン

免疫細胞などから分泌されるペプチドのうち、白血球を遊走させる活性を持つものをケモカインと呼ぶ。CX3CL1はその一つで、白血球を遊走させる以外に、インスリン分泌制御や中枢神経細胞保護などにも関与している。

添付資料

図1. CX3CL1による認知機能老化の回復

高齢マウスの認知機能は若齢マウスに比べて低下していたが、CX3CL1の投与によって若齢マウスとほぼ同程度に回復した。

図2. 今回の成果の模式図

腹腔細胞の老化が改善すると、その刺激が迷走神経を介して脳に伝わり、認知機能の老化が改善する。

 

詳細▶︎https://www.toho-u.ac.jp/press/2022_index/20220520-1208.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

腹腔細胞が老化による認知機能低下を改善することを発見

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