神戸大学大学院保健学研究科の荒川高光准教授、博士課程前期課程大学院生の長田樹氏、川崎医療福祉大学の川島将人助教らの研究グループは、軽微な筋損傷を起こさせたラットに対し、従来通りのアイシングを実施したところ、筋再生が促進されることを明らかにしました。アイシングによって筋再生を促進できるシチュエーションを示した、世界初の研究成果です。以前の報告「アイシングは肉離れなどの筋損傷後の再生を遅らせる」の内容と合わせ、今後スポーツ現場におけるアイシングの正しい活用法が提案されることが期待されます。
この研究成果は3月6日に、「American Journal of Physiology-Regulatory, Integrative and Comparative Physiology」に掲載されました。
ポイント
○アイシングは軽微な筋損傷後に実施すれば筋再生を促進できることを、実験的に明らかにした
○アイシングによって筋再生を促進できるシチュエーションを示した、世界初の研究成果である
○アイシングは、実施方法やタイミングの問題よりも、そもそもの傷害程度によって得られる効能が違う可能性が示された
○臨床やスポーツ、体育の現場での正しいアイシングの効能を広めるきっかけになる研究成果である
研究の背景
アイシングはスポーツ傷害の急性期に行われている「RICE (ライス)」処置 (Rest (安静)、Ice (アイシング)、Compression (圧迫)、Elevation (挙上)) の1つとして、体育やスポーツ、医療の現場でも一般的に使用されています。その後傷害の急性期に行う処置が様々述べられ、アイシングを行うべきとする説と、行わない方がよい、とする説が存在しています。しかし、アイシングの効果に関する十分な根拠は示されていませんでした。
そこでわれわれは実験を積み重ね、以前に、「アイシングは肉離れなどの筋損傷後の再生を遅らせる」を報告しました。当時を含め現在まで、アイシングが筋再生を促進できる、と述べた動物実験の報告はありませんでした。
今回われわれは動物実験で起こしている筋損傷の程度に着目しました。なぜなら、スポーツ現場で生じる筋の傷害は、全筋線維数のうち10%以下に損傷が起こる程度の、軽微な場合が多いにも関わらず、これまでの動物実験では、全体の筋線維の20%以上が損傷する場合しか扱われてこなかったからです。
そこで本研究チームは軽微な筋損傷モデルを考案し、損傷後に従来どおりのアイシングを施してみることにしました。
研究の内容
図1 損傷方法と損傷6時間後の筋損傷の程度
左:軽微な筋損傷を起こす方法。麻酔下の動物の長趾伸筋を露出させ、250gの重りをつけた鉗子で挟んで筋損傷を起こす。
右:この方法による筋損傷 (A、B) の程度は、全筋線維数の約4%であり (C)、安定して軽微な損傷を起こすことができている。
筋損傷は麻酔下で筋を露出させて鉗子で挟むことで起こしました。従来までは500gの重りをつけた鉗子で挟み、全体の筋線維の20%程度を損傷させていました。今回、鉗子につける重りを250gにしてみると、安定して筋損傷を4%程度にすることが可能でした (図1)。この損傷の割合は、激しい運動や長距離マラソンなどのスポーツ活動によって起こり得る損傷の割合と同等です。
アイシングはポリエチレンの袋に氷を入れて皮膚の上から30分間、2時間ごとに3回、これを損傷直後、1日後、2日後に計9回実施しました。このアイシングの方法は以前の報告「アイシングは肉離れなどの筋損傷後の再生を遅らせる」と同じ方法です。
損傷2週間後の再生骨格筋を観察すると、アイシングをした群はアイシングをしていない群に比べて、再生筋線維の横断面積が有意に大きいと分かりました (図2)。すなわち、アイシングによって骨格筋の再生が促進できる可能性が示されました。
図2 軽微な筋損傷2週間後における再生筋線維横断面と横断面積の比較
左:損傷後、無処置の動物とアイシングをした動物の2週間後の筋横断面
右:再生筋線維横断面積の比較。軽微な筋損傷後にアイシングを施した方が (黒)、損傷後に何も処置していないもの (白) よりも2週間後の横断面積が大きい。
損傷筋を処理する代表的な免疫細胞としてマクロファージがあります。損傷後早期に集まる炎症性マクロファージは誘導型一酸化窒素合成酵素 (iNOS) という物質を介して損傷を広げてしまう負の側面も持ちます。本研究チームの実験の結果、軽微な筋損傷後にアイシングを施すと、iNOSを発現している炎症性マクロファージの集まりが弱まることがわかりました (図3)。この現象とともに、アイシングは筋の損傷範囲の拡大を防いでいることがわかりました (図3)。
図3 軽微な筋損傷後の炎症性マクロファージの分布と損傷範囲の比較
左上:軽微な筋損傷後に無処置の動物とアイシングを施した動物における筋横断面。炎症性マクロファージ (白△) の分布を損傷1日後から3日後まで比較。アイシングをした筋では、1日後と3日後に、炎症性マクロファージがあまり集まっていない
左下:炎症性マクロファージの視野あたりの数。アイシングを行うと、損傷部の炎症性マクロファージが少ない
右上:筋損傷の範囲の比較。全体の筋線維の中で損傷した筋線維の面積が占める割合を比較すると、アイシングをした方 (黒) で損傷の拡大がみられない
右下:軽微な筋損傷後に無処置の動物とアイシングを施した動物で損傷筋内に生じている現象の模式図
アイシングにより炎症性マクロファージの集まりが弱まることは、以前の報告「アイシングは肉離れなどの筋損傷後の再生を遅らせる」と同様であり、重篤な筋損傷でも軽微な筋損傷でも共通したアイシングの効果であることが分かりました。以前の報告「アイシングは肉離れなどの筋損傷後の再生を遅らせる」では、アイシングによって炎症性マクロファージによる損傷筋の貪食が不十分になり、多くの筋線維が壊れるような筋損傷後の再生は遅れてしまっていました。しかし、今回の軽微な筋損傷の場合には、炎症性マクロファージが行う二次的な筋損傷の拡大を、アイシングによって防ぐことができることがわかりました。それにより筋再生が促されることにつながる、という可能性が示されました。
今後の展開
アイシングは、長らく臨床やスポーツ、体育の現場で使用されてきましたが、アイシングの良い効果の存在を、これまでの動物実験ではなかなか証明できませんでした。しかし本研究により、日常的に起こっていると想定される軽微な筋損傷の場合、アイシングによって筋再生が促進されている可能性が提示できました。
しかし、全ての筋損傷にアイシングが有効なわけではない、という事実もあることは正しく知っていただきたいと思います。「筋損傷」という概念には、われわれの動物実験で観察されているようなものでない非常に微細な損傷も含まれますが、その微細な筋損傷に対するアイシングの効果については未解明です。そして、以前のわれわれの報告「アイシングは肉離れなどの筋損傷後の再生を遅らせる」のように、重篤な筋損傷に対するアイシングは筋再生を阻害している可能性があることも事実です。
今後、どこまでの筋損傷ならばアイシングの適応となるのか、その線引きをさらに行っていくことが課題です。さらに検討を重ね、スポーツ現場やリハビリテーションの臨床におけるアイシングの是非について、正しい判断を行うための材料を提供します。
用語解説
※1 マクロファージ:白血球のうちの1つ。炎症性と抗炎症性の2種類があることが知られている。
※2 炎症性マクロファージ:組織損傷の急性期に、損傷部に集まってくるマクロファージ。損傷した組織を貪食し、炎症反応を引き起こす。
※3 炎症:生体の組織が損傷したときに起こる病的反応。発赤 (赤くなること)、熱感 (熱を持つように感じること)、腫脹 (腫れること)、疼痛 (痛み) という症状が出る。
※4 誘導型一酸化窒素合成酵素 (inducible nitric oxide synthase, iNOS):一酸化窒素の合成に関与する酵素。マクロファージはこのiNOSの発現を介して、筋細胞を傷つける働きを持つ。
※5 貪食:損傷した組織を取り込み、消化すること。
謝辞
本研究は下記の助成を受けたものです。
JSPS科研費:21K11238、ヤマハ発動機スポーツ振興財団、ウエスコ学術振興財団
論文情報
タイトル
DOI:10.1152/ajpregu.00258.2022
著者
Itsuki Nagata*, Masato Kawashima*, Anna Miyazaki, Makoto Miyoshi, Tohma Sakuraya, Takahiro Sonomura, Eri Oyanagi, Hiromi Yano, Takamitsu Arakawa*co-first authors
掲載誌
American Journal of Physiology-Regulatory, Integrative and Comparative Physiology
詳細▶︎https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2023_03_22_02.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。