コミュニケーションスキルの一つであるアサーティブネスは、他者を尊重しつつ率直に自己表現をするという特徴から、医療安全の質向上に有用とされてきました。本研究では、薬局薬剤師のアサーティブネスが、薬剤師から医師への連絡による処方変更と関連があることを見いだしました。
安全な医療を行う上で、医療専門職間の良好なコミュニケーションは重要です。その中でも、他者を尊重しつつ率直に自己表現をするスキル「アサーティブネス」は、医療安全の面で有用とされています。
薬局薬剤師は、医師が発行する処方せんに基づいて患者に薬剤を提供します。その際に、患者への聞き取りや記録、検査情報をもとに、処方せんの適切性を検討し、安全性に懸念のある場合には医師へ連絡します。連絡を受けた医師は必要に応じて処方の変更を行います。薬剤師のアサーティブネスは、薬物治療の安全性向上を目的とした医師への連絡と、それによる処方変更の頻度とに関連していると予想されますが、その関連性は解明されていませんでした。
本研究では、薬剤師のアサーティブネスを評価尺度により測定し、過去 1 か月間の医師への連絡による処方変更の頻度との関連を調査しました。アサーティブネスの評価尺度は、①自己を後回しにする非主張的な自己表現、②自分の考えを押し付けるような攻撃的な自己表現、③そのどちらでもなく相互理解を深めようとするアサーティブな自己表現、の 3 つにより構成されます。調査の結果、アサーティブな自己表現の得点が高い薬剤師ほど、医師が処方変更に至るような連絡をより多く行っていることが明らかになりました。
アサーティブネスは、教育によって向上しうるコミュニケーションスキルです。今後の研究により、薬剤師に対するアサーティブネス教育が、医師への連絡の促進と薬物治療の安全性向上に寄与するかの検証が必要です。
研究代表者
筑波大学医学医療系
小曽根 早知子 講師
研究の背景
安全な医療を行う上で、医療専門職間の良好なコミュニケーションは重要です。コミュニケーションスキルのうち、他者を尊重しつつ率直に自己表現をするアサーティブネス注 1)は、治療の安全性に懸念のある場合に、医療専門職が他職種に助言する際に役立つとされてきました。自己表現のスタイルとしては、自己を後回しにする非主張的な自己表現、自身の考えを押し付ける攻撃的な自己表現、それらのどちらでもなく相互理解を深めようとする自己表現、の 3 つがあり、アサーティブネスは、非主張的でも攻撃的でもなく、自身と他者の両方を尊重するコミュニケーションスキルと定義されています(図1)。
調剤薬局に所属する薬局薬剤師は、病院や診療所に所属する医師が発行する処方せんに基づいて患者に薬剤を提供します。その際には、患者への聞き取りや記録、検査情報をもとに、処方せんの適切性を検討します。そして、薬物治療の安全性に懸念のある場合には医師へ連絡し、それを受けた医師は必要に応じて処方の変更を行います。医師とは異なる組織に所属する薬局薬剤師のアサーティブネスは、薬物治療の安全性に懸念のある場合の医師への発言の助けになることが予想されました。しかし、薬局薬剤師のアサーティブネスと、医師の処方変更に至った連絡の頻度との関連については、解明されていませんでした。
研究内容と成果
本研究では、調剤薬局に勤務する薬剤師 3,446 名を対象に、2022 年 5 月から 10 月の間に Web アンケート調査を実施し、963 名から回答が得られました。直近 1 か月間に医師への連絡による処方変更があった頻度を尋ねるとともに、アサーティブネスに関連した3つの自己表現について InterprofessionalAssertiveness Scale 注2)を用いて評価し、これらの関連性を検証しました。その結果、アサーティブな自己表現の高い薬剤師ほど、医師の処方変更を伴う提案を頻繁に行っていたことが分かりました(表1)。このことは、医師と相互理解を深めようとする薬剤師のアサーティブな自己表現が、医師の処方変更を促すことを示しています。
これまでの研究では、アサーティブな自己表現を用いると相手からの信頼を得ることにつながり、その結果として両者間のコミュニケーションが円滑になることが知られています。また、医師が処方を決める際には、信頼する薬剤師とのコミュニケーションに影響を受けると言われています。今回の結果から、薬剤師のアサーティブな自己表現は、薬剤師への信頼に基づく医師の処方変更と関連があると考えられます。
今後の展開
アサーティブネスは、教育によって向上するコミュニケーションスキルであることが分かっています。薬剤師から医師への連絡は、他の薬との飲み合わせや適正な薬の投与量について薬剤師が改めて確認するプロセスであり、これに伴う処方変更も含め、安全な治療のためには非常に重要です。今後さらに、薬局薬剤師に対するアサーティブネス教育により、医師への必要な連絡の積極的な実施を促進することが明らかとなれば、薬物治療の安全性向上に寄与すると期待されます。
参考図
図1 アサーティブネスと3つの自己表現スタイル
アサーティブネスの定義において、自己表現には 3 つのスタイルがある。他者を優先し自分のことを後回しにする非主張的(Nonassertive)、自分の考えを押し付けて他者を考慮しない攻撃的(Aggressive)、そのどちらでもなく相互理解を深めようとするアサーティブ(Assertive)、である。アサーティブネスとは、非主張的でも攻撃的でもない自己表現のスタイルであり、自分の考えを明確に捉え、それを率直に相手に分かりやすく伝えるように試みつつ、自分の考えを大切にする側面と、相手の考えを尊重する 2 つの側面をバランス良く表現する。
表1 アサーティブネスの3つの自己表現と薬剤師の医師への連絡による処方変更の頻度との関連性
薬剤師の医師への連絡による処方変更の頻度の増加に、非主張的または攻撃的な自己表現は影響しないが、アサーティブな自己表現が高いことが影響していた。
用語解説
注1) アサーティブネス(Assertiveness)
他者を尊重しつつ、自身の感情や要望を率直に自己表現するコミュニケーションスタイルであり、攻撃性とは異なるものであると定義される。教育可能であることから、コミュニケーションスキルの一つとして医療専門職への教育に応用されている。
注2) Interprofessional Assertiveness Scale
本邦の薬剤師を対象に開発された、医療チームに参画する場面の自己表現を測定する尺度。アサーティブネスの 3 つの自己表現スタイルである非主張的な自己表現、攻撃的な自己表現、アサーティブな自己表現について、それぞれ測定することができる。研究資金該当する研究資金はありません。
研究資金
該当する研究資金はありません。
掲載論文
【題 名】
Relationship between assertiveness in community pharmacists and pharmacist-initiatedprescription changes(薬局薬剤師のアサーティブネスと薬剤師の連絡による処方変更との関連性)
【著者名】
M. Ishii, S. Ozone, S. Masumoto, and T. Maeno
【掲載誌】
Research in Social and Administrative Pharmacy
【掲載日】
2023 年 6 月 30 日(オンライン先行公開)
【DOI】
10.1016/j.sapharm.2023.06.006
詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20230707140000.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。