認知症の方への食事介助における現状
佐藤良枝先生 私が現在対象としているのは、最重度の認知症のある方々です。 HDS-Rが一桁という方はもちろん、0点や施行困難な方も大勢いらっしゃいます。
そのような最重度の認知症のある方でも、こちらのスプーン操作を変えるだけで食べ方が変わる という体験をたくさんしています。
主治医が「この人の大脳新皮質はコピー用紙1枚くらいの薄さしかない」と言っていた方は全介助にもかかわらず、口のまわりに食塊がこびりつき食べこぼしも非常に多かったのですが、口のまわりも綺麗なままで、食べこぼしは文字通りゼロになり、もちろん誤嚥性肺炎を発症することもありませんでした。
このような例は枚挙にいとまがありません。 でも、なぜか「認知症のある方の誤嚥性肺炎は仕方がない」とか「ちゃんとした食事介助をしたいけど時間がないからできない」等と言われているのが現状です。
食事介助における現状と3つの問題点
食事というADLは、生命に直結しているリスクの高い場面であり、またADLの最後の砦です。そして自分で行動する・能動的に関与する過程において、その人らしさ・特性が自然と発揮される場面でもあります。
認知症のある方が症状の進行に伴い、だんだんとできていたことができなくなていく…例えばご家族が認識できていたのに難しくなってしまった、あるいは会話ができていたのに難しくなってしまった…そのような認知症のある方に面会に来たご家族ができることは、かつて大好きだった食べ物を持参するということだけになってしまう場合もあります。
私が誰かわかってくれなくても、お話ができなくてもいい。美味しそうに食べる笑顔を見られれば嬉しい…。つまり、口から安全に食べられるということは、認知症のある方ご本人だけでなくご家族にとってもご本人との大切な絆を保つことでもあります。
あまりにも当たり前すぎるからか、あまり省みられることのない、でも現場では切実に困る場面でもある「食事」という場面および現状の食事介助に関する問題点を整理して考えてみたいと思います。
まず、次の3点の問題を挙げたいと思います。
1、知識の不十分さ
2、視点の変換の重要性
3、スプーン操作体験の学習機会
知識の不十分さについて
認知症のある方の食事場面を適切に評価し、具体的現実的に対応の工夫を検討するためには、「認知症を引き起こす疾患の知識」と「食べることに関する知識」の両方が必要です。
ところが、現実には、4大認知症という言葉すらも知らないスタッフや嚥下5相を知らないスタッフがたくさん食事介助に携わっているのが現状です。
これでは、どのように食べているのか、目の前にいる認知症のある方の食べ方にどのような障害と能力と特性が反映されているのか行動観察することができようはずもありません。
その結果、具体的現実的な対応の工夫が検討できずに、どこかで他の誰かに有効だった方法論が試されたり、抽象的一般的総論的なことしか思いつけなかったりすることが多いのではないでしょうか。
だからこそ「口を開けてくれないんですけど、どうしたらよいでしょうか?」「食べこぼしが多いのですが、どうしたらいいのでしょうか?」というような結果として起こっていることしか観察できずに対応策を尋ねる人が多いという現実があるのだと感じています。
視点の変換の重要性
「認知症のある方は能力低下しているから助けてあげる」「食べ方が下手なのは認知症のある方だから仕方ない」というような誤解が非常に多いのが現実です。
大切なことは、人は生きているかぎり能力があるということと、人は環境との相互作用の中に生きているという当たり前のことを忘れないことです。認知症という状態像によって引き起こされる障害を抱えながら生きている方も今この記事を読んでいるあなたも、この点に関しては全く同じなのです。
そもそも、「認知症のある方は能力低下しているから助けてあげる」「食べ方が下手なのは認知症のある方だから仕方ない」という今までの思い込みの前提となっている「私たちの食事介助は適切で上手である」という要件を自信をもって正当だと言い切れますか?
暗黙に置かれている前提要件をきちんと吟味する人は案外少ないように感じています。
スプーン操作体験の学習機会
養成課程において、「してはいけないスプーン操作」「望ましいスプーン操作」を明確に体験学習し、その理由を言語化する機会の担保が必要だと考えています。これらは2時間もあれば基本的なことを学ぶことは可能です。
食事は生命に直結しているリスクの高い場面です。また食事介助は究極のノンバーバルコミュニケーションですから、すべての「介助」の基本となるものでもあります。卒業前、卒業後の養成課程において、学習機会が担保されることを願ってやみません。
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佐藤良枝先生経歴
【インタビュー】
#1 小児分野の経験が認知症ケアに活かされる。
#2コミュニケーション障害に対し指差しが有効だったケース
#3 認知症の障害と能力把握に必要なのは… -OT佐藤良枝先生-
1986年 作業療法士免許取得
肢体不自由児施設、介護老人保健施設等勤務を経て2010年4月より現職
2006年 バリデーションワーカー資格取得
2015年より 一般社団法人神奈川県作業療法士会 財務担当理事
隔月誌「認知症ケア最前線」vol.38〜vol.49に食事介助に関する記事を連載
認知症のある方への対応や高齢者への生活支援に関する講演多数
一般社団法人神奈川県作業療法士会公式ウェブサイト「月刊よっしーワールド」連載中