江原先生による慢性腰下肢痛の理学療法講座▶︎https://chronic-pain.peatix.com/
週の真ん中水曜日の江原です。痛みのリハビリテーションにおいて痛みの原因について説明することは重要だと言われています。痛み原因の理解は患者が適切な行動をとるのに必要で、治療継続に影響します。医学の知識がない患者にとっては、痛みの原因を理解することは話せばわかるという簡単なものではありません。リハビリでは医師の診断や画像所見、理学療法評価結果を元にし説明したり、教育用の動画を視聴するなど時間をかけて行われています。
痛みの理解が難しい症例
腰と片側の下肢に症状が出やすい腰椎椎間板ヘルニアは、時に痛みの理解を難しくさせます。どんな状況かと言えば、『既往歴に腰椎椎間板ヘルニアがある方で、今回発症した腰痛の原因が非特異的腰痛であった場合』などです。
非特異的腰痛とは、
認識可能な特定の病理(感染、腫瘍、骨粗しょう症、腰椎骨折、構造的変形、炎症性障害、神経根症候群、馬尾症候群など)に起因しない腰痛
参考文献より
ですが、他の原因がある器質的な腰痛と混在しやすく、医療側も診断に難渋するくらい複雑な病態になることもあります。なぜ理解が難しくなるかというと、一度腰椎椎間板ヘルニアだと診断された方は多くの場合ずっとヘルニアが残り続けると考え易いからです。
実は椎間板ヘルニアは吸収といって元に戻ることが多く、ヘルニアの自然吸収についての研究を調査したシステマティックレビューにおいても、自然吸収の発生率は66・6%であったとの報告があります。
椎間板ヘルニアの大部分において保存療法が選択されるのはこの理由も大きいと思いますが、にもかかわらず多くのヘルニア患者は何らかの形で誤った情報を得てしまいます(それが医原性であることも多いですが)。
それにより痛みの破局的思考が強まり、恐怖回避傾向の悪循環が形成されて、腰痛の程度に見合わない活動制限を自分に課してしまう方が非常に多い!!痛みやADL低下の原因がその考え方にあるとも知らずに…。だからこそ自分の痛みは適切に理解し捉えてほしいのです。その思考過程をスムースに進める鍵になるのが、本日のテーマメタファー(隠喩)です。
メタファー
メタファーは、隠喩(いんゆ)、暗喩(あんゆ)ともいい、伝統的には修辞技法のひとつとされ、比喩の一種でありながら、比喩であることを明示する形式ではないものを指す。
物事のある側面を より具体的なイメージを喚起する言葉で置き換え、簡潔に表現する機能をもつ。わざわざ比喩であることを示す語や形式を用いている直喩よりも洗練されたものと見なされている。
メタファーは日常的に頻繁に用いられているもの、話している本人も気づかずに用いているものから、詩作などにおいて創造される新奇なものまで、様々なレベルにわたって存在している。
ウィキペディアより引用
メタファーは第3世代の認知行動療法とよばれているACTでも技法の1つに挙げられています。ACTで使われるメタファーの例をご紹介します。
ACTの代表的なメタファーに「バスと乗客」というものがあり,「アクセプタンス」という状態を説明するのによく使用されている。
私たちは,人生というバスの運転手である。バスの主導権をにぎるのは,もちろん運転手である。そして,バスには常にたくさんの乗客が乗っている。この場合,乗客とは,思考・感情・記憶など,さまざまな内的体験を意味する。
乗客には,不快なものも多く,色々と大声で意見してくるものも多い。このような時,運転手には二つの選択肢がある。一つは,乗客と口論を始め,何とか彼らをバスから降ろそうと試みるという方法である。しかし,乗客と戦っている間,バスは完全に停止してしまう。もう一つは,乗客が不快であることには変わりはないが,彼らに席を与え,過度な注意は与えず,そのまま旅を続けるという方法である。
ACTにおける「あるがまま」とは,まさに後者のような状態である。不快な内的体験(乗客)に対して,後者のような関わりができるようになると,多くのエネルギーを価値にそった行動の選択に使うことができるようになる。アクセプタンス&コミットメント・セラピーのこれから 木下奈緒子先生の記事より
慢性疼痛では痛みにフォーカスし過ぎるがゆえにとらわれ、ADLが低下したり社会生活に支障が生じたりしてQOLが低下します。痛みにこだわらずあるがままに生活するという目標を達成するために、メタファーはとても役立ちそうに感じます。慢性疼痛を『不快な乗客』と考えてメタファーで説明されるのと、『原因がない痛みなんだから、それを気にせず生活しなさい』と正論で言われるのとどちらが受け入れやすいと思いますか?
臨床にいて慢性疼痛患者が痛みという困難に立ち向かう時には、認めたくない理解しがたい場面に何度も遭遇し葛藤することも多いのです。痛みに対する運動療法も多くの患者さんにとっては苦痛です。やるのかやらないか岐路に立たされる時、良い未来が待っている方へ患者の背中をそっと押してあげられるようなセラピストは、このような振る舞いをさりげなく行っていることが多いように思います。
私も前述した、『この腰痛ヘルニアなのか違うのか』に直面した患者には次のようなメタファーを使い、理解を促していますのでご紹介します。
※ACT:アクセプタンス&コミットメント・セラピー(acceptance and commitment therapy、ACT)のことで、第3世代の認知行動療法(臨床行動分析療法)と言われる。実証に基づく心理学的な介入法であり、アクセプタンスとマインドフルネスの方略にコミットメントと行動変容の方略を併せて用いて心理的柔軟性の向上を目指す。慢性疼痛に対する高いエビデンスの介入方法に挙げられています(慢性疼痛治療ガイドライン1A、慢性疼痛診療ガイドライン2B)。
『あなたのヘルニアは富士山です』
富士山は活火山
過去に腰椎椎間板ヘルニアの診断がついた方で、非特異的腰下肢痛を発症した患者さんに、『あなたの腰痛はヘルニアというよりは別の原因で腰痛が出ています。』と伝えると、
『いやぁ、ヘルニアからでしょ?』と言われる方が多いです(ここで反論するのも大変興味深い行動だと思います)。
以下よくある会話パターンからメタファーにつながる例を提示します。
P『ヘルニアは何番目だと言われましたか?』
患『4番目か5番目かな』
P『(下肢を触りながら)触られている感じわかります?左右に差がありますか?』
患『わかります。左右の差もないです。』
P『ちゃんと足の力も入っているようですし、足にしびれや感覚マヒもないようです。この場合、ヘルニアは影響してないことが多いです。』
患『じゃあなんで腰が痛いんだよ?ヘルニアのせいだって医師に言われたよ』
P『あなたのヘルニアは富士山ですよ。ヘルニアはあるけど痛みの活動してないから大丈夫です。』
このメタファーで(渋々かもしれませんが)器質的腰痛ではなく非特異的腰痛の一端を理解してくれるので多用しています。
以下に解釈を書いていきます。
腰椎椎間板ヘルニアという疾患そのものは残っている
先ほど述べたように、腰椎椎間板ヘルニアは吸収されることが多いにもかかわらず、一度ヘルニアに罹患した方は『私はヘルニア持ち』と表現するなど、ヘルニアと共に生きている認識を強く持っています。
ヘルニアを単なる既往として認識していればいいのですが、いざ腰痛や下肢痛が再発すると短絡的に(たった数時間しか痛みが出なかったとしても)と原因の答えをヘルニアに求めます。
すでに吸収しているかもしれないヘルニア。ここでMRIを撮影するのも良いかもしれませんが(実際に撮影しちゃう先生も多いと思いますが)、Red flagsが確認できず、Green lightな腰痛であればMRI撮影自体が時間を経済的な不安にもなりかねません。
そこで吸収されていないヘルニアが見つかりでもすれば、慢性腰痛地獄への一本道。破局的思考が完成されてしまうでしょう。そこで存在はしているけども、関係していない例として日本人なら誰もが知っている富士山を引用します。
富士山(ふじさん)は、静岡県と山梨県に跨る活火山である。標高3776.12 m、日本最高峰(剣ヶ峰)の独立峰で、その優美な風貌は日本国外でも日本の象徴として広く知られている。日本の活火山で3000 mを超えるのは、富士山・御嶽山・乗鞍岳の3つである。
引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E5%B1%B1
富士山をヘルニアに例えるなら、山として存在しているが火山活動はしていない。腰椎椎間板ヘルニアも似ています。存在しているかもしれないけども、痛みという活動を起こしていない。要因にはあっても原因になっていないことを例えます。
無症候性ともいえる過去の腰椎椎間板ヘルニアに、「存在しているが活動していない=痛みに影響していない」という新たな痛みと疾患の関係性を与え、印象付けるのに適したメタファーではないかと考えています。
新型コロナウイルスによりNew Normalな世界が構築されています。新しい世界では治療や予防に対して人々の考えや行動の多様性が浮き彫りにされ、思想や感情のぶつかり合いが顕在化したと思います。
しかし私はコロナ禍において『正しく怖がる』の重要性を学びました。慢性疼痛においても、『正しく怖がり、正しい知識を学び、適切に対処(行動)する』ことが何よりも重要ですので、正しい情報発信をしていきたい。
様々な人に伝えるすべを持ち合わせることが、慢性疼痛患者への光明になるのではないでしょうか?
まとめ
原因が複雑になりやすい慢性腰痛の説明に、富士山を用いたメタファーを取り入れる方法を書きました。医療は常に発展していますが、最後は人が人を癒します。痛みなど慢性疾患の場合はさらに自分で気づくことがとても重要になります。
人に気付かせるための『たとえ』はセラピストを助ける切り札。患者の行動変容を起こすのは、方法論ではなく話し方のちょっとした工夫かもしれません。
それではまた次回!Adios!(スペイン語でさようなら)
この記事を書いた江原先生による慢性腰痛の講習会
慢性腰下肢痛のリハビリテーション
腰痛や坐骨神経痛などの下肢痛に対して理学療法を実施しても、あまり効果的ではないと感じ悩んだことはありませんか?痛み治療に特化したペインクリニックでは、腰下肢痛に対しては医師と理学療法士が分業して治療しています。理学療法士は主に診断に基づき、診断の補助やトリアージを行いますが、実はこの過程が非常に重要なのです。
トリアージを適切に行うことで、臨床での悩みはかなり改善すると思います。知識と経験を要する領域ですが、評価フローを使えば確実性は高まるのではないかと考えています。そこで今回は、【慢性腰下肢痛のためのTo Doリストを作りました】。侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛・痛覚変調性疼痛や認知情動面の影響をトリアージして、慢性腰下肢痛にメカニズムベースのアプローチを実践していきましょう。
講師プロフィール
江原 弘之先生
運動器認定理学療法士・いたみ専門医療者・公認心理師
西鶴間メディカルクリニックリハビリテーション科 部長
NPO法人ペイン・ヘルスケア・ネットワーク 代表理事
プログラム
・慢性腰下肢痛で知っておいた方がいい「痛み」の知識
・痛みの構造化問診票・9つの質問
・痛みの評価フローとトリアージ
・理学療法評価の活用方法
・理学療法の守備範囲とチーム医療
・症例提示
◆概要
【日時】 3月24日(金) 21:00~23:00
【参加費】3,300円
*POST有料会員は無料で受講可能です。
→有料会員はこちらをご確認ください。
【参加方法】ZOOM(オンライン会議室)にて行います。お申し込みの方へ、後日専用の視聴ページをご案内致します。
申込▶︎https://chronic-pain.peatix.com/
参考文献
Zhong M et al:Incidence of Spontaneous Resorption of Lumbar Disc Herniation: A Meta-Analysis.Pain Physician.2017 Jan-Feb;20(1):E45-E52.
Balagué F: Non-specific Low Back Pain.Lancet.379,482-91,2012
そして、痛みに対して闘う姿勢をとる、というとても比喩的で抽象的で能動的なことを理解できない方もいるから、うまーく伝えないといけない。
— Hiroyuki Ebara | ペインクリニック (@lopeslopeslopes) April 21, 2019
【目次】
第100回:脆弱性ある慢性疼痛患者グループー経済格差と疼痛医学ー
第105回:理学療法士が可及的早期に慢性疼痛を学ぶとよい理由
第106回:筋骨格系疼痛に対する信念と態度~生物医学モデルで消耗しない方法~
第108回:筋骨格系疼痛に対する信念と態度その2~患者の信念を把握せよ~
第109回:『私、ヘルニア持ちですので…』に対抗する臨床推論~筋骨格系疼痛に対する信念と態度その3~
第110回:坐骨神経痛と腰下肢痛の分水嶺~理学療法評価からの考察~
第112回:痛み教育と心理的な抵抗~筋骨格系疼痛に対する信念と態度その4~
第113回:【変形性腰椎症】痛みの認知の修正に役立ったアプローチ~慢性腰痛1症例の紹介~
第114回:筋・関節を越えてゆけ!~筋骨格系疼痛に対する信念と態度その5~
第116回:起床時の腰痛に対する思考プロセスとアプローチ例②~運動療法と寝具について~
第118回:腰痛患者の呼吸筋機能と臨床での簡便な評価とアプローチ
第120回:痛みのマルチモーダル治療とは①~感覚系のモードと薬物療法を理解する~
第121回:痛みのマルチモーダル治療とは②~痛みのメカニズムに対するリハビリの効果~
第124回:【運動器コラム】2週間に1回の外来リハにこだわる理由
第125回:帯状疱疹にリハビリテーションは必要か?①-segmental zoster paresis-
第126回:帯状疱疹にリハビリテーションは必要か?②-segmental zoster paresisその2-
第127回:帯状疱疹にリハビリテーションは必要か?③-SZP軽傷例の症例報告-
第128回:帯状疱疹にリハビリテーションは必要か?④~帯状疱疹関連痛と混合性疼痛~
第129回:帯状疱疹にリハビリテーションは必要か?⑤~帯状疱疹関連痛を鑑別するには~
第130回:【疼痛“部位”の評価】どこが痛いかを把握する意義
第131回:【疼痛“部位”の評価】描画法で痛みを解釈するポイント
第133回:早期の通院ドロップアウトの予防線-セラピストが意識する行動-
第134回:【慢性腰痛】痛みによる睡眠障害をスルーしないインタビューのコツ
第140回:【症例検討編】足底腱膜炎と慢性疼痛の関係part2
第141回:【症例検討編】足底腱膜炎と慢性疼痛の関係part3~もしも高齢者の足底が痛くなったら~
第142回:不平不満が多い慢性疼痛患者に苦労しているセラピストが読むコラム
第143回:『痛む足と動く足趾症候群』というレアな難治性疼痛疾患①
第144回:『痛む足と動く足趾症候群』というレアな難治性疼痛疾患②
第147回:疾患や障害を負い揺れ動く感情~アンビバレンスとは~
第148回:アドヒアランス行動のタイプとノンアドヒアランスによる弊害
第149回:リハビリテーションにおいて要求と不平が多い人への対応
第150回:患者のモチベーションアップに困った時に読むコラム①
第151回:患者のモチベーションアップに困った時に読むコラム②
第152回:患者のモチベーションアップに困った時に読むコラム③
第154回:臨床で考えたい急性腰痛と慢性腰痛の境界線②~MRIがない施設における腰下肢痛症例の治療経過~
第156回:痛みのマネジメントにおける理学療法士の仕事~運動療法・痛みのトリアージ・復職アドバイス~①
第157回:痛みのマネジメントにおける理学療法士の仕事②~痛みのトリアージ~
第158回:痛みのマネジメントにおける理学療法士の仕事③~復職~
第159回:生物医学モデルへの傾倒は慢性腰痛患者を差別する?
第160回:慢性腰痛を生物医学モデルで説明したくなる2つの理由
第161回:頚部痛から発生する頭痛・顔面痛『大後頭三叉神経症候群』①
第162回:頚部痛から発生する頭痛・顔面痛『大後頭三叉神経症候群』②