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【寄本恵輔先生 | 理学療法士】イギリスの緩和ケアと障害受容

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健康とは適応しなんとかやりぬく能力

 

―― 先生は緩和ケアをイギリスに勉強しに行かれたことがあるとお伺いしました。その経緯などを教えてください。

 

寄本恵輔先生(以下、寄本) ALSや神経難病の方を診ていると、「治らない患者」に対するリハビリのアウトカムは何なんだろうという疑問にぶつかります。

 

アウトカムを「身体機能の改善や能力の向上」とした場合、整形外科患者や脳卒中などの急性期患者さんにとっては、「右肩上がりで改善していく」状態があると思います。しかし、がんや難病疾患の患者さん、つまり「治る見込みがない進行性疾患患者」のリハビリの目的を「機能・能力の維持」としたとしてもそれを達せしめることはできません。従来の"Re"habilitationという概念では通用しないのです。

 

なぜなら、どんなに頑張っても常に死が隣り合わせであり、身体機能の低下を防ぐことができないからです。身体機能の維持すらすることがない進行性疾患患者さんのリハビリは、何の目的でするのか悩んでいました。

 

―― 確かに、進行のスピードは人それぞれでも、遅かれ早かれ症状は進んでいきますよね。

 

寄本 超急性期の救急救命の臨床も関わり始め、リハビリに行き着かない患者さんが数多くいることも知り、「重度な後遺症や医療依存度が高くなるとなんのためにリハビリを提供しているのか」、「良いことをしているはずなのに既存のアウトカムでは改善しない・報われない」、「何がアウトカムとして適切なのか」と頭を抱えていました。

 

 そんな中でイギリスへ勉強しにいく機会を頂いたんです。そこは近代緩和ケアの発祥の地であり、現在も最先端の研究が行われている聖クリストファーホスピスでの実地研修でした。そこで大きな衝撃を受け、これを日本のリハビリの中で広めていかなければと思うようになりました。

 

 

医療依存度が高い患者はQOLが高いはずがない?

 

寄本 2002年にWHOが唱えた"健康"の概念に「身体的・精神的・社会的・スピリチュアル的に満足している状態」というものがあります。でも、その考え方では、どんな支援をしたとしても進行性疾患患者は満足な状態になることはないので、"健康"にはなれないということになってしまう。つまり、ここに落とし穴があることがわかりました。

 

そもそも私たちの100%のアウトカムは「死」であり、誰もが不治の病にかかります。そうなるといつかは"健康"でい続けることが破綻します。それではアウトカムとして適切なものがないのか、取って代わるように使われるようになったのがQOL(生活の質)という指標です。しかし、WHOの健康の概念に縛られているQOL評価が多く乱立し、「"健康"=QOLが高い」の構造は変わっていません。

 

それでは寝たきりで医療依存度が高い患者さんはQOLが高いはずがないという感覚を持ってしまいます。そうなると「お金をかけただけの成果を求める」費用対効果主義者、「障害を持って生きることを否定する」優生思想主義者、「どうせ死ぬならピンピンコロリが良い」ピンコロ主義者が蔓延り、痛ましい事件が起こり、社会的にすら混沌としています。

 

―― 7月に相模原障害者施設事件もありましたね。

 

寄本 そのような中で、2006年に英国よりWHOの健康の概念を否定し新たな健康概念を打ち出しました。「社会的・身体的・感情的問題に直面したときに適応し、なんとかやりくりする能力」としたのです。つまり、問題があったとしてもなんとか適応できていれば"健康"になれる、すなわち歩けなくても車椅子を利用し適応した生活を過ごせれば"健康"なのです。とてもリハビリ的な概念で私は好きです。この適応していく過程がリハビリだと思います。

 

シシリー・ソンダースとリハビリの役割

―― リハビリ職の私たちはどのような関わりをすることが大切だと思いますか?

 

寄本 キューブラー・ロスによる5段階モデル(死の受容モデル)といのがありますが、障害を抱えていたり死に直面した場合、障害受容がない患者は「あの人は障害を受容していない、あんな状況なのに死を受容していない」と見捨ててしまうと、本来あるべき医療の形でなくなります。進行性疾患患者にとって、毎日機能・能力が喪失していくため、その都度それを受容していく作業をすることはできません。

 

第3者的に考えれば「人間はいつか死ぬ」と分かっても、いざ当事者になったら「なんで、どうして、自分だけ・・・」となりますし、崇高な悟りを開くお坊さんですら「死を受容する」ことは難しいです。海外ではキューブラー・ロスの受容過程は使用されていませんが、日本では未だにリハビリの教科書に載っている現状です。この考えを大きく変えることになったのが聖クリストファーホスピスのシシリー・ソンダースです。 

 

 1960年代、がんの患者さんは疼痛緩和のためにモルヒネを多量に使い、その鎮静作用で意識が混濁し亡くなっていく患者を多くいました。でもシシリー・ソンダースは、「適切なケア」をしてあげれば疼痛緩和にモルヒネ量は少なくて済み、意識ははっきりしているため、人生の意味付けをする時間が持ていると述べました。

 

つまり患者さんは、人生を再構築することができたのです。患者さんが持つ価値観や人生観、そのような全ての構成概念はいつも変化するものですから、明日死ぬかもしれない状況でも人生を肯定的に捉えられるようになる支援ができます。

 

ここでいう「適切なケア」とは、多専門職種で行うことが重要で、その中で「人生を前向きに支援する」もっとも強いコンテンツにリハビリがあるんです。理学療法士はその中で、患者さんが障害を持っていたとしても楽しく生きていけるように支援する。ここで大切なのは、「前向きにさせる」ではなく、「前向きになれるよう」支援していくことです。そこには、機能や能力の喪失を受容していくことは必要ありません。

 

患者さんが持つ構成概念が「生きるって楽しいこと」など良い方向に変化するよう支援し続けることが大切です。「障害を受容しないとリハビリが始まらない」なんて考えより「障害を前向きに捉えられるようリハビリで支援する」の方がよっぽど良い考え方だと思っています。

【目次】

第1回:リハビリ室の屋外で農業。チームアプローチの原点はそこに

第2回:ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の離床。医者や看護師の反対意見に対して

第3回:イギリスの緩和ケアと障害受容

第4回:「LIC TRAINER」、ついに開発。神経筋疾患の救世主

 

寄本 恵輔先生経歴

理学療法士 (国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター)

 

 <資格>

専門理学療法士(内部障害系、神経系) 認定理学療法士(神経障害、呼吸、代謝) 呼吸療法認定士 介護支援専門員 日本糖尿病療養指導士 日本救急医学会認定ICLSインストラクター アメリカ心臓協会認定BLS・ACLSプロバイダー Lee Silverman Voice Treatment(LSVT) LSVT BIG therapist

 

<院外活動>

日本神経難病リハビリテーション研究会世話人

東京都理学療法士協会北多摩ブロック世話人

東京都理学療法士協会代議員

小平市リハビリテーション協議会世話人学術部部長 公立昭和病院 非常勤講師

Shanghai Charity Foundation Special Found Caring For Children with rare disease of Duchenne Muscular Dystrophy as the Medical advisor(2013-2015)

JICA草の根事業「カトマンズ盆地における呼吸器疾患患者の早期社会復帰支援に向けての取り組み(2015-2017)―呼吸リハビリテーションの普及―」における専門アドバイザー

 

<原著・総論> 寄本恵輔:筋萎縮性側索硬化症における呼吸理学療法の適応と有効性に関する研究.IRYO.Vol.59.No11:598-603.2005

寄本恵輔:「今を生きる」を支援する緩和ケアとしての訪問リハビリテーション−セントクリストファー・ホスピスの研修を受けて−.訪問看護と介護.Vol.15 No.11.889-894.2010

寄本恵輔:理学療法士の役割. 慢性呼吸不全治療におけるチーム医療―長期人工呼吸器装着患者のより安全で快適な呼吸療法のために―. Clinical Engineering Vol.26 No.2.126-130.2015

寄本恵輔、小野充一:モナッシュ大学から学ぶオーストラリアの緩和ケア・心のケア.緩和ケア.難病と在宅ケア.21(3).44-49.2015

寄本恵輔、有明陽佑:ALSの呼吸障害に対するLIC TRAINERの開発-球麻痺症状や気管切開後であっても肺の柔軟性を維持・拡大する呼吸リハビリテーション機器-.難病と在宅ケア.vo.21.No.7.9-13.2015

寄本恵輔:小森哲夫(監) 神経難病領域のリハビリテーション実践アプローチ.呼吸障害93-116.MEDICAL VIEW.2015

<出演>

【寄本恵輔先生 | 理学療法士】イギリスの緩和ケアと障害受容

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