27歳から理学療法士に
ー理学療法士になろうと思ったキッカケを教えてください?
藤縄先生 実は理学療法士になる前、大学の工学部機械科に通っていて機械関係の仕事に就こうと考えていました。実家が酒屋を営み、私も長男でしたので「造り酒屋は将来どうなるか分からないが、就職は地元でしてほしい」と親からは言われていました。しかし、就職の時期がちょうど第二次オイルショックのときで、いざ就活となると、地元新潟県の田舎ではなかなかありませんでした。
そんなときに、政治活動をしていた父から「地元の国立療養所がリハビリテーション学院を作る」という話を耳にしました。調べてみると“リハビリテーション工学”という分野があり、機械の知識が活かせ、しかも新潟県から奨学金がもらえ、授業料が無料ということで興味を持ちました。
また、臨床経験を積んだ後、教員として戻れば、当時の厚生省が2年間海外に留学させてくれるという夢のような特典付き。そこから再度受験勉強に取り掛かりました。その後、学校に入学し朝から晩まで3年間、勉強の日々が続きました。
理学療法士になったのは27歳になった年でした。3年生ではほとんど実習で病院に出ていました。内容は現在と違い、助手みたいなものでした。地元の国立療養所に入職します。リハビリテーションは学校の実習病院になるような一部の病院では盛んに行われていましたが、国立療養所などでは、当時はまだ重症心身障害児や神経難病のリハビリテーションに、昔ながらのマッサージ師さんがいました。いきなり若い人が入ってきても、なかなか理解が得られず苦労しました。
国立病院で経験を積みながら、留学の準備を始めました。留学と言っても、厚生省の職員として、出張として留学します。ただし、受け入れてくれる大学院は自分で探し、試験にも通らなければなりません。
5大学受験し、ピッツバーグ大学へ留学
ー生活費も支給されるのですか?
藤縄先生 ある程度は補助がもらえました。その間の給料は基本給が支給されまして、プラスαが出張費として補助されます。しかし、私が留学した頃は、授業料や教科書代は立て替え払いでした。ある程度、準備した貯金がないと難しかったです。留学中や終了後に、留学にかかった費用の領収書を送り、後から振り込んでもらうかたちでした。総額、300万ぐらい送ったと思います。
そんな制度があると言っても、大学院は自分で見つけ、試験に通らなければなりません。米国へ留学するためにはTOEFL※1という英語の試験と、GRE※2という学力試験をパスする必要があります。私は、TOEFLもGREもあまりいい成績ではなくて、ピッツバーグ大学以外の出願した4つの大学は落ちてしまいました。
ピッツバーグ大学は当時留学生の受け入れに積極的で、留学生向けの英語学校も持っていました。そこで、入学前に再度試験をしてその結果により、英語の勉強を続けるか、大学院の授業を受けられるかを判断するという条件付きで入学することができました。結果的に、英語の勉強を続けながら専門的な理学療法の授業を何科目か受けることができました。
もともと英語は得意な方ではありませんでしたが、「いつか留学したい」と思っていたので、それなりには勉強していたと思います。特に苦労したのは、リスニング。授業の内容を聞き取るのが大変です。カセットレコーダーを留学前に秋葉原で買い、授業を録音しながら自主学習に使いました。ただ、わからない英語は結局わかりませんでした。笑
単に英語が分からないというだけではなく、日本では習っていない全く新しい理学療法の概念だったということもありました。徒手療法のエンドフィールや、抵抗感と痛みの関係、関節包パターンといった、今まで習ったことのない内容を、早口の英語で進みますからね。配布資料も項目しか記載されていないようなもので、オーバーヘッドプロジェクターに映し出された講義内容のノートをとるのが大変でした。
※1 TOEFL(Test of English as a Foreign Language)は、英語を母語としない人の英語能力を測るテストとして、米国非営利教育団体であるETSにより開発された。実生活での「読む」「聞く」「話す」「書く」の4つの技能を総合的に測定する。
※2 GRE (Graduate Record Examinations)は基礎学力を測るテスト。米国大学院への出願にあたり、出願書類と共にGREスコア提出が求められる。TOEFLやIELTSは留学生のための試験であり、GREはネイティブの学生にも課される。GREもETSにより実施され ています。
※Education Testing Service社。米国の非営利団体で様々な学力能力テストを実施している。
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【目次】
第一回:ピッツバーグ大学へ留学した理由
第三回:徒手理学療法の国際基準
最終回:クリニカルリーズニングとは
藤縄先生のオススメ書籍
藤縄 理(ふじなわおさむ) 先生のプロフィール
学歴
1976(昭和51)年 3月 武蔵工業大学工学部機械工学科卒業
1980(昭和55)年 3月 国立犀潟療養所附属リハビリテ-ション学院理学療法学科卒業(同年5月 理学療法士免許取得)
1986(昭和61)年 8月 米国ペンシルバニア州、ピッツバ-グ大学大学院修士課程(スポ-ツ理学療法・整形理学療法専攻)修了(MS; Master of Science in Physical Therapy)
2007(平成19)年 3月 新潟大学大学院医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻博士課程修了 博士(医学)
職歴
1980(昭和55)年 4月 国立療養所勤務
1986(昭和61)年 9月 国立療養所犀潟病院附属リハビリテ-ション学院理学療法学科教官に配置換え(犀潟病院併任)
1999(平成11)年 4月 埼玉県立大学保健医療福祉学部理学療法学科 助教授
2005(平成17)年 4月 同上 教授(現在に至る)
2009(平成21)年 4月 埼玉県立大学保健医療福祉学研究科保健医療福祉学専攻リハビリテーション学専修 教授(現在に至る)