前十字靱帯損傷と後十字靱帯損傷の整形外科的テストの疑問
前十字靱帯損傷の整形外科的テストは"前方引き出しテスト"(図1-a)と"ラックマンテスト"(図1-b)の2種類存在するのに対して、後十字靱帯損傷の整形外科的テストは"後方引き出しテスト"(図2)の1種類しか存在しない。
どうして対称的な位置にある靱帯にも関わらず、テストの種類の数に違いがあるのか疑問を持った方も多いのではないだろうか。
私は臨床で働きはじめた頃は先輩に整形外科的テストの実技指導を受け、当テストも何度も練習をさせていただいた。練習後は自分の膝関節がガクガクと不安定になり、立ち上がりや歩行するのにも違和感を感じたことを覚えている。
そのような経験から不安定テストは何度も反復すると患者さんの負担になること、一回で正確に評価できるようになる必要があるなと実感したのを覚えている。
前方引き出しテストとラックマンテストの使い分けとして、前方引き出しテストの場合は膝関節は屈曲90°で実施するためイス座位でもテストができること、ラックマンテストの場合は膝関節は屈曲15-20°で実施するテストであるため、痛みや不安などで膝関節を90°まで屈曲できない方でもテストができるということが言われている。しかしながら本当にそういった環境的な要素や主観的な要素のみが理由なのであろうか?
前十字靱帯は2つの線維束からなる
前十字靱帯は1つの線維束として大腿骨の外側から脛骨の内側へ斜めに後方から前方に走行し、膝関節伸展で緊張すると習ったのではないだろうか?なぜ膝関節伸展位で緊張するのに整形外科的テストでは膝関節屈曲位でテストをするのだろうと疑問を持った者も多いのでないだろうか?
それらの疑問を解決するには、前十字靱帯の形態解剖学(組織の形状や構造を学ぶ解剖学)の知識が必要となる。実は前十字靱帯は1つの線維束ではなく、2つの機能的な線維束から構成されているのである。1つ目の線維束は前内側線維束、2つ目の線維束は後外側線維束である。なぜ2つの線維束に分けられるかというと、それぞれの機能(役割)が異なるからである。
前内側線維束は、膝関節伸展位で緊張は低めで、膝関節屈曲位で緊張が増加、45°付近で最大に緊張し、さらに屈曲していくと緊張は低下するという機能を持っている。それに対して後外側線維束は膝関節完全伸展位から15°屈曲付近で最大に緊張し、さらに屈曲していくと顕著に緊張は低下するという機能を持っている(図3)1)。
よって膝関節屈曲90°で実施する前方引き出しテストは前内側線維束のテストであり、膝関節15-20°屈曲位で実施するラックマンテストは後外側線維束をテストしているということが理解できる。
このことは整形外科の領域では既に意識されており、前十字靱帯損傷の再建術は2重で行うことが主流になってきている。2重にすることで強度が高くなることもあるが、2つの機能的な線維束があることも理由の一つになっている。
後十字靱帯も2つの線維束からなる
実は後十字靱帯も2つの線維束で構成されている。1つ目の線維束は前外側束、2つ目の線維束は後内側束である。では、なぜ2つの線維束からなるにも関わらず、前十字靱帯と異なり後方引き出しテストの1種類のみのテストしかないのだろうか?
それには線維束の太さの影響が推測される。それは前外側束の方が後内側束の2倍の太さを持っており、2倍の太さである前外側束は膝関節屈曲位で緊張する機能を持っている。
それに対して細い後内側束は伸展で緊張する機能を持っている(図4)2.3)。そのため細い後内側束の方は重要視されておらず、太い前外側束が緊張する膝関節屈曲位での後方引き出しテストのみになったと推測される。しかし整形外科の領域では後十字靱帯の再建も2重で行うようになってきており、今後は整形外科的テストも膝関節伸展位も合わせた2種類の実施が推奨されるようになるかもしれない。
【Web】
◯オンラインサロン ⇒ Clinical Anatomy Lab ー臨床解剖学教室ー
〜月2回実技研修会実施中、臨床解剖学的記事はほぼ毎日更新中〜 【残席3名】
Clinical Anatomy Labでは、「臨床と解剖の架け橋」を概念に、医学の基盤である解剖学的根拠を元にし、普段の臨床に自信を持って、さまざまな相談や依頼に応えられるスペシャリスト集団を目指す会員制コミニティです。
今回書かせていただいたようなwebでの定期的な情報発信と月一回以上の実技セミナーを実施しております。
◯ブログ⇒吉田俊太郎のブログ
日々学んで気付いたことなどや、セミナー情報を中心に書いております。
【目次】
第四回:形態解剖学的視点から考える【骨盤 前後傾】の正しい評価方法
第五回:オンラインサロン Clinical Anatomy Lab -臨床解剖学教室-
参考文献
1) Vercillo, F. et al.:Determination of a safe range of knee flexion angles for fixation of the grafts in double-bundle anterior cruciate ligament reconstruction: a human cadaveric study. Am. J. Sports Med. 35 : 1513-1520, 2007.
2) Grgis, F. G. et al.: The cruciate ligaments of the knee joint, anatomical, functional, and experimental analysis. Clin. Orthop. 106 : 216-231, 1975.
3) Harner, C. D. et al. : The human posterior cruciate ligament complex: an interdisciplinary study. Ligament morphology and biomechanical evaluation. Am. J. Sports Med. 23: 736-745, 1995.