理学療法士から映画監督になった経緯
榊原監督(以下監督):本日は映画「栞」公開特別企画ということで、「栞」にて脊髄損傷を負ってしまった元ラグビー選手・藤村孝志役を熱演してくださった阿部進之介さんと、元プロサッカー選手で現在FC東京クラブコミュニケーターとして活躍していらっしゃる石川直宏さんにお越しいただきました。
今回、ナオさんに来ていただいたのは、約3年になるのですが、2015年シーズンのFC東京に密着したドキュメンタリー映画(BAILE TOKYO)を僕が創っていまして。
そのご縁でナオさんに「栞」をご覧いただいたところ、「心に響いた」とメッセージをいただき、今日はこの鼎談にお越しいただきました。
慣れないMCで緊張しておりますが、まず…どっから始めましょうか。
一同:笑
石川直宏さん(以下石川さん):ちょっと気になったんですけど、以前「BAILE TOKYO」の撮影で密着していただいた中で、元々理学療法士をされていたというお話は伺っていたんですけど、そもそも理学療法士を目指した経緯や映画監督になった経緯がが気になっていて。当時そのお話が出来なかったので、ぜひ聞いてみたいです。
監督:まず、理学療法士を目指したキッカケについてですが、僕も元々サッカーをやっていまして、サッカー部に入っていた時に膝と足首の靭帯を損傷して“理学療法士”という職業を知りました。スポーツと関わる仕事に進みたいという思いもあり、理学療法士を目指しました。
そういった経緯で理学療法士になり、「栞」は自分の理学療法士時代の実体験をもとにして創りました。
さまざまなことを病院の中で経験しましたが、病院の中で起こっている事って(病院の)外に見えないですよね。
病院という隔離された空間の中で実際何が起こっているのか多くの人が知らない。色々なことを経験する中で、病院の中での出来事を世の中に発信したいという気持ちになりました。それでまずは、ジャーナリストになりたいと思ったんです。
ちょうどその頃、2010年ごろだったと思いますが、YouTubeが流行りだしていて、「今後映像が盛り上がるぞ」という時だったので、映像で(病院の中で起こっていることを)発信していこう、と思いこの世界に入りました。
なので、「栞」はまさに、自分が発信したいとずっと想いを込めてきたことを描いた作品です。
阿部進之介さん(以下阿部さん):なかなか、理学療法士の方が理学療法士の映画を創るというのは珍しいなと思いました。
監督:本当のことを言うと、僕の経験してきたことを劇映画にするとは思っていなくて、ドキュメンタリー映画を創るつもりでいました。
でも、この映画のプロデューサーに自分の経験を話してドキュメンタリー映画を創りたいと伝えた時に「その体験を脚本に書いて、劇映画にしてみない?」と言われたのがきっかけで、「栞」が出来ました。自分が経験したことをそのまま脚本にするだけでは映画にならないので色々試行錯誤して、構想から2〜3年かけて脚本を書き上げました。
阿部さん:そういう意味では、今回の映画では経験に基づいたリアルな部分がたくさん盛り込まれているんですね。
監督:そうですね。この映画を今のタイミングで撮影出来たのは良かったです。実際に自分が理学療法士として働いていたのは2010年で、すでに8年ほど経過していますから、その頃の感情の鮮度が薄れないうちに撮れて良かったですね。このタイミングしかないというタイミングでした。
元FC東京 石川直宏さんに聞く「怪我との向き合い方」
監督:さて、今回はせっかくナオさんにお越しいただいておりますので、ナオさんのお話を聞いて行きたいのですが。ナオさんも現役時代、膝の怪我があって、リハビリを乗り越えてきたかとおもいます。その時のお話をお聞かせいただいてもよろしいですか?
石川さん:最初に大きな怪我をしたのが、24~5歳くらいの頃で、右膝の前十字靭帯、半月板を損傷して、全治8ヶ月でした。サッカー選手はピッチの上で存在を示さなければいけないのに、8ヶ月間もピッチから離れなければいけない。
その怖さや、自分が得意なスピードを生かしたプレーが失われることの怖さを感じました。同じような怪我で、スピードが落ちてしまったり、引退してしまったりする選手を見てきたので、その怖さを感じながらリハビリをスタートしました。
監督:実際にリハビリしている時、前向きな気持ちにはなれるものですか?
石川さん:映画の中で阿部さんが演じていた、前向きにリハビリをする姿勢が、自分にもすごくリンクしました。(阿部さん演じる孝志は)アスリートだから前向きに前向きに頑張っているけれど、心の中では自分が選手として復帰出来ないかもしれないことを知っていて。
日常生活もままならない怪我の中でポジティブにリハビリしている姿を周りに見せて、本当に色々な想いを抱えているんだろうな、と。自分のことのように感じられました。
監督:阿部さん、この役を演じるにあたって、どうでしたか??
阿部さん:そうですね。僕、スポーツを全くやってきていない人間で。今回の役を演じるために身体を作ったのですが、トップアスリートとしてやっていた人間のプライドとか誇りって、すごく強いんだろうなと思いました。
周りの人間に気を遣われたくないとか、同情されたくないという気持ちが絶対働くだろうなと思って。今回はそうやって戦いたいなという気持ちで役に向き合いました。
石川さん:タイプにもよりますが、アスリートは「自分の弱いところを見せたくない」、「自分が乗り越えなければならない」ということを分かっているんですよね。そう言った意味では、阿部さんの今回の役は本当にアスリートでした。
映画を見ながら、自分がリハビリしていた時のことを、思い出しました。
阿部さん:そう言っていただけて……。特にこの役は、復帰の可能性は低いという役でしたので、ちょっとでも感情にほころびがあるとそのまま崩れていってしまうような面もありました。
石川さん:本当に、今おっしゃられたようにちょっとでも崩れるとどこまでも崩れていってしまう。それが怖いということも自分で分かっているし、なんとか気持ちを保とうとするんですね。映画の中でも、一人になった時の表情と周りと接している時の表情とまるで違いますよね。その点がすごいリアルでしたね。
阿部さん:脚本がいいからですね。
一同:笑
監督:ありがとうございます。笑 でも、この映画の細かい部分は、役者さん達がその瞬間に感じたことをアドリブでスッと出してくれて。脚本を机の上で書いているだけでは抜け落ちていたリアルを演じてくれたので「ああ、そうだこういう感じだ」と。脚本を書いている自分が役者さんたちの演技を見て逆に思い出すくらい、パッと出たところが本当にリアルでした。
阿部さん:現場でも、たくさんコミュニケーションをとって話し合いましたし、その中でズレを修正して、出てきた言葉だったり表情だったりしたのだと思います。
監督:実際に、脊髄損傷の方に一緒に取材に行きましたし、それをもとに、ものすごく阿部さんも役に対して考えてくれてディスカッションが出来ました。
阿部さん:不安でしょうがなかったんです。笑 撮影になったら時間が全然ないので、事前に共有出来たのがよかったですね。
石川さん:撮影期間って2週間ですよね?
監督:そうです。2週間ですね。期間は短かったですが、夜通し撮影とか、そういうのはなかったですね。
阿部さん:場所も病院でのシーンが多いので、移動も少なく順調に撮影出来ましたね。
フットボールは何故これほどの熱狂を生むのか
監督:僕、ナオさんファンとしてちょっとさんに踏み込んだことを聞きたいのですが……。
ナオさんが日本代表にも選出されてものすごく活躍されている時に、二度目の怪我をされましたよね。ご本人はもちろんだと思いますが、僕らファンもとても苦しい気持ちになりました。怪我から復帰をして、更に二度目の怪我……。その時のお気持ちはどうだったんですか?
石川さん:もちろん怪我に対する免疫はついていましたけど、(二回目だったので)あの辛いリハビリを乗り越えなくてはいけないという苦労も知っているので、どん底には落ちました。
あとは、ワールドカップに出たいという思いもありましたが、2005年に怪我をして2006年のドイツワールドカップにも出られなくなって。2009年に怪我をした時も2010年の南アフリカワールドカップがあったので、なんとかこれに間に合うように、最初は手術をしませんでした。
ドクターからは、プレーできる可能性は20%と言われました。でも、手術してしまうとそれが0%になってしまうので、その20%にかけました。実際、そのままやっていても、前十字靭帯をやると膝がグラグラしてしまって、横への動きだったり不安定なところがプレー中に出てしまうんです。それをかばうために腰を痛めたり足首を痛めたり。
2015年ですね。少しつながっている2割が完全に断裂してしまい、2年半のリハビリを行って最後に復帰して引退しました。
怪我をしてどん底に落ちるところまで落ちて這い上がって。気持ちを持ち直しては、また落ち込んでを繰り返す中で、力になったのはドクターや理学療法士、ファン・サポーターだったり、家族もそうですし。
そういう想いが集まって自分らしい姿で復帰して終えられましたが、葛藤を繰り返しましたね。
監督:最後の試合、コーナーキックでのアシスト、本当に感動して泣いてしまいました。
石川さん:見ていただいていたんですね。笑
自分は心配を多くかけたし怪我も多くて、手術も現役中7回やって、一番長いリハビリは2年半かかりましたけど、その分ピッチに立った時の喜びだったりサッカーへの感謝だったり、乗り越えることで見える景色が自分にとってのモチベーションになっていました。
自分がそう思えるようになったことだけでなく、周りの人の心に響くプレーヤーになれたことも、怪我を乗り越え受け入れられたからこそだったかもしれません。
阿部さん:怪我がなかったら、感じなかったかもしれないですね。
石川さん:感じられなかったかもしれないですし、感じられるような選手でもなかったかもしれないですね。そういう意味では、自分にとっては必要なことだったのかなと。
ただ、映画を観た時に、サッカーであっても半身不随になるリスクもあると感じて怖くなりましたし、またそういうリスクがありながらもチャレンジし続ける姿勢が、スポーツが感動を生む理由なのかなって思います。
監督:「BAILE TOKYO」撮影中に、ナオさんにインタビューさせてもらって、すごく印象に残っていることがあって。「なぜ、フットボールはこんなにもたくさんの人を熱狂させるのでしょうか?」と質問させてもらった時のことです。
ナオさんは、「これですという答えは分からないけれど、自分が心がけているのは、ファン・サポーターがただサッカーを見ているのではなくて、姿を選手に重ね合わせてくれるから、きっと感動してくれるのだと思います」とおっしゃっていて、「なるほど」と。
最後まで、ナオさんはそういうプレーヤーであり続けてくれたなと思いました。周りにも、ドキュメンタリーを創ったご縁で、FC東京ファンがたくさんいて、みんな感動していました。
石川さん:自分にとっての生き様はピッチの上にあって。
それこそさっきの話にあったように、患者さんがリハビリをする中で本心を見せたがらないような、そういう部分が選手にもあります。
僕らも、あまり苦しい姿を見せたがらないというか。苦しみは苦しみで自分の中だけに積み重ねておいて。乗り越えた苦しみをパワーに変えて、ピッチの上で喜びだったりプレーの質や結果で表す。そういうスタンスがプロではあります。
ただ僕の場合は怪我が多くて、そういう場面を見せられる時間が限られていたので、それなら全部包み隠さず出してしまおうと思いました。
結果的に、そういう姿がファン・サポーターの心に響いたのだと思います。特別だけど特別じゃないというような、親近感というか、支えたくなってしまうというか。笑
阿部さん:サッカーの勝ち負けだったり、頑張った頑張っていない、という以外のところで、サポーターの気持ちが入るんですね。
「ありがとう」というアドリブ
監督:ナオさんが怪我をしたことで気づいたことはなんですか?とのコメントをいただいております。
石川さん:サッカーが出来る喜びですね。阿部さんの役で言うと、ラグビーが出来ないことだけでなく日常生活にも支障が出るので、普段普通に生活しているありがたみを本当に感じました。
サッカーどころじゃないんですよ。手術終わって、寝たきりじゃないですか。映画の中でもありましたが、急に起こされると頭から血の気が引くのが自分でも分かるんですよ。
リハビリ室に自分で行かなければならないんですけど、行くまでの間に気持ち悪くて倒れそうになっちゃったんです。その時に、普段の生活も出来ないのにサッカーに復帰出来るのかなと思いましたね。
まず、サッカーの前に生活が出来るありがたみを感じましたね。一つ一つに感謝するようになったかなと思いますね。
阿部さん:なかなかね。普通に出来ている時って分かんないんですよね。日々続けていることですからね。逆に、それが当たり前じゃないとダメだというね。
石川さん:そうなんですよね。当たり前のレベルが高くなってくるっていうのは、もちろんいいことなんですよね。ただその高めていたところから、ガツンと落ちると、シンドイのはもちろんそうなんですけど……。思い出すだけでちょっと込み上げてくるものがあります。
監督:それに付随して、FC東京にも理学療法士をはじめ、たくさんのスタッフの支えがあると思うんですけど、そういった方々からのサポートで嬉しかったことはありますか?
石川さん:映画の中でもありましたが、三浦さん(高野雅哉:理学療法士)が自分の想いと葛藤しながら、それでも患者さんには身近に接してくれる姿は、ありがたく感じましたね。
遠いわけでも、近いわけでもなく、絶妙な距離感を作ってくれるのは、ありがたかったですね。この絶妙な距離感が難しいんですよね。
阿部さん:難しいですよね。そういう接し方って、現場の中でどう培って行くものなんですか?
監督:人によって様々だと思うんですよね。でも、一応「こういうことに気を付けましょう」というざっくりとした方針はあります。例えば、前十字靭帯損傷の患者さんにはこういう接し方、というように病名でみてしまうと全然ダメで。
マニュアルはないので、病名ではなく「この人」という姿勢で接しないといけないと思います。
阿部さん:あまり干渉してはいけないと思って、距離をとったら「冷たい」と思われることもあるでしょうし。親身になりすぎると「同情されている」と思われてしまうかもしれないし。
監督:阿部さんも役で演じられて、そういった距離感という部分で、いかがでしたか?
阿部さん:雅哉は不器用ながらもすごく想いを感じられて。色々と考えてくれているから、接し方は不器用でもその想いは伝わるなっていうのは、映画の中に描かれています。それはすごく感じましたね。
「リハビリをする人にとって何が一番いいのかな」と、試行錯誤しているだけでも、その想いというのは伝わるものなのだなと思いました。
監督:この映画の中では、アドリブがよく出てきていて。三浦さんとの絡みの中で、台本にはない「ありがとう」という言葉が阿部さんからぱっと出てくるシーンがあります。
OKテイクとしてそのまま使っているのですが、そのあと聞いたら「すごくありがたかった」と。確かに、あの場面で阿部さん演じる孝志だったら言っただろうなと思います。
阿部さん:彼がね。一生懸命だったから。それを孝志も感じるたのかなって思います。
>>後編は明日配信
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【作品情報】
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公開日 :2018年10月26日(金)
上映劇場
[ 秋田県 ]ルミエール秋田
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新しい劇場が追加になりました!
[宮城県] MOVIX利府
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【映画「栞」POST特設ページ】
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*公開日や劇場情報が続々公開されます。