理学療法士として成長するための道のり アメリカ大学院、英語、筋膜マニピュレーションⓇspecialist アジア人初取得【須賀康平】

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第321回のインタビューは、理学療法士の須賀康平先生。英語能力の習熟度を判断するTOEFL iBT®テストでは、今年4月に93点(TOEICで920-950点相当)を取得。その卓越した英語能力を活かし、書籍・論文の翻訳や海外講師を招いたセミナーの通訳をするなどの活動をしている。また、米国のロマリンダ大学の臨床博士過程にも合格し、今年9月から留学する予定だ。そのキャリアの歩みに迫る。

 

ー 須賀さんは、帰国子女ではないのに英語が堪能ですが、外国語の勉強に興味を持ったのはなぜですか?

 

須賀最初に興味をもったのは、高校1年生のときで、サッカー留学でブラジルに3週間行ったのがキッカケです。

 

特別サッカーが上手かったというわけでも、レギュラーでもなく、サッカー大国と呼ばれるブラジルという環境に行けばブラジルが上手くしてくれるという甘い考えで行きました。

 

 

その考えで行ったこともあり、結局サッカーは大して上手にならなりませんでした。ただ、その時にコミュニケーションが取れるようになったらもっと面白いんだろうと思って、帰国してからやっと少しずつ英語の授業を真面目に受け始めました。

 

それでも、中学生の頃から英語は苦手科目で、大学入試のときも、センター模試が200点満点中、110点。他の科目より一番勉強したのに。第一志望に行くには、160点くらいとらなければいけなかったから、かなりショックでした。

 

最終的に進学したのは、山形県立保健医療大学で、そこは大学入試の成績を点数開示できて12人の中で10番目だったのは覚えています。大学1年生の終わりのときに見学実習があって、「俺がバカだと、本当はリハビリで良くなるかもしれない人も、よくならない」と思って、そこからちゃんと勉強するようになりました。

 

ー 東京に住んでいて、なぜ山形に行ったんですか?

 

須賀自分の行ける中で一番難しいところに行けば良い先生がいると思って、できれば国公立大学に入りたかったんですけど、どこの国公立も8割以上とらなければいけない。。それなのに英語の点数が5割ちょっと。でも、東北のほうの国公立大学は科目数の要求が少ないところがいくつかありました。それで、どこでもいいから英語の失敗をカバーできて自分の行ける中で一番難易度の高いところを選んだ。それがたまたま山形でした。

 

ー 就職先は?

 

須賀実習でお世話になった山形済生病院が当時7年ぶりに募集を出したので「これは来いってことかな」と思って応募し、入職することができました。そこを選んだ理由は整形外科が有名な病院ではあったのですが、ほぼ全ての科の患者さんを担当できる環境にあったことです。自分の中のロールモデルは、大学の恩師の伊橋 光二先生で、分からないことがあったらアポをとって全国どこまででも学びにいくっていう先生でした。そして、徒手療法からICUでの呼吸理学療法を中心とした内部障害に至るまで幅広く学んでおられる先生でした。それを見習って、自分もどんな科の方を担当しても良い仕事ができるようにずっと勉強してきました。

 

ー 勉強というと、どんなことを勉強してきたんですか?手技とかですか?

 

須賀最初は心電図、呼吸介助法、脳科学など何でも学びに行きましたが、手技やテクニックもほんとに多くのものを学びに行きました。3年目の時に大学院へ進学してからは英論文を読むことは習慣にし始めましたけど、その時にあったクリニカルリーズニングの授業は大きな転機になりました。

 

その授業ではエビデンスのこととか実際の症例について考えるときに、自分が何を参照してクリニカルリーズニングしているのか考えるという課題を出されました。その時に、自分が解剖や生理学の仮説レベルだけで臨床展開をしていることの多さにがっかりしました。疾患や症状がどのような経過を辿るのかといった疫学的視点や、実際のヒトにその理論を応用して介入した臨床研究のエビデンスの知識が自分に全然ないと気づきました。

 

テクニック派とエビデンス派でどうしても対立軸のような見え方があるかもしれないですが、個人的には、どちらも臨床に大事だと思っています。本来は技術にも、理論レベルではなくヒトでの効果検証の結果がついてくることが理想だとは思いますが。

 

オステオパシーを例にとると、それを教えている方々の触診は本当にうまい。例えば、内臓マニピュレーションは「肝臓を感じましょう。気管の動きを感じましょう。」と本当に微細な感覚を感じ取るのは、すごくいいトレーニングになりました。それはなかなか数字にはならないと思いますが、一つ検査をかけるだけでもこういったいわゆる上手い人に触って欲しいと思うと思います。

 

ただ、手術後に膜の癒着があっても、痛いと訴える人もいれば、痛みの出ない人もいます。患者さんをよく観察していると、技術を磨いて癒着や神経といった解剖的要素を改善させれば、なんでも症状が良くなるというのは違うなと思っていました。なので、関わる分野にもよると思いますけど、科学的知識と技術と両方研鑽することが大事じゃないかとずっと思っています。

 

ー 須賀さんは筋膜マニピュレーション®の認定資格「Fascial Manipulation®Specialist」を日本人として初めて取得したとお伺いしました。

 

須賀PTになって9年目のときですね。筋膜マニピュレーション®が、当時日本でやっていなかったLevel 3のマスタークラス、学会、初めて認定試験をやるということを知って、イタリアに行きました。前年にも当時日本で行われていなかったlevel 3の7日間コースを一人で受けに行っていたので2回目となった試験時はそれほど抵抗なく行けました。

 

認定資格を取りたいというよりも、受験すると決めれば、“勉強せざるを得なくなる”という自分を追い込むために受けた感じです。その過程が自分の成長につながると思いました。

 

参加費はマスタークラスが230ユーロ、試験料が500ユーロ(当時約8万5千円ほどでした)。向こうに行くまでは、もっと日本からも受ける方がいるものだと思っていたんですけど、実際はイタリア人以外で受けたのは9人だけで、アジアからは私だけでした。

 

試験はまず30問4択の試験が行われ、そこから口頭試問と実技試験。試験官の人が患者役で、そこで問診をしながら仮説を英語で説明するというもので、7/9人が受かりました。私もその1人です。

 

以前から筋膜マニピュレーション®に限らず筋膜(正確に言えばFascia)に関連した勉強を行っていたことで、医師からも筋膜の介入へは興味を持ってもらっていました。そして、この認定をきっかけに慢性痛に理解のある先生から「筋膜の介入してみて」とオーダーをもらうとが増えました。健康関連雑誌に筋膜マニピュレーション®の実践者リストが掲載されていたこともあり、その時期は遠方から病院を訪ねて来られる方もいました。かと言っていつもこの方法を使っていたわけではなく、総合的に診療する病院に所属していたので大体20~30%くらいの方にこの方法を使っていました。

 

 

【目次】

第一回:理学療法士として成長するための道のり

第二回:4度の語学留学 苦難の路を乗り越え、遂にDPT留学の切符を掴む

 

須賀康平先生プロフィール

平成21年 山形県立保健医療大学保健医療学部理学療法学科卒業

      済生会山形済生病院入職

平成25年 山形県立保健医療大学大学院保健医療学研究科保健医療学専攻修士課程卒業

平成30年 Physical Conditioning IKI

令和元年 9月 ロマリンダ大学Post-Professional Doctor of Physical Therapy course (prior master’s)入学予定

 

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