痛みは組織や神経の損傷に伴い生じることがほとんどですが,ときに,その損傷の程度から予想されるよりも広い範囲で強い痛みが生じることや,疲れやすさや不眠,記憶力の低下,気分の不調といった様々な症状(中枢性感作関連症状)が出現することがあります.畿央大学大学院 修士課程 修了生の古賀 優之 氏(協和会病院)と森岡 周 教授らは,中枢性感作関連症状を呈しながらも,痛みが対照的な集団(クラスター)が存在することを特定し,それぞれのクラスターの特徴を検証しました.
この研究成果は,Scientific Reports誌(Characteristics of clusters with contrasting relationships between central sensitization-related symptoms and pain)に掲載されています.
研究概要
中枢性感作関連症状の評価指標であるCentral Sensitization Inventory(CSI)は,慢性疼痛と関連することは多くの研究で示されているものの,痛みの強度や痛覚閾値との関連が未だ不明瞭であるという指摘がされています.本研究ではCSIと痛みの強度が共に軽度,中等度,重度といったCSIと痛みが関連する3つのクラスターと,CSIが高値でありながらも痛みの強度は軽度であるといったCSIと痛みが関連しない特徴的な1つのクラスターが存在することを突き止めました.また,興味深いことに,CSIが共に高値でありながら痛みの強度が対照的,すなわち重度あるいは軽度のクラスターがあり,これらは心理的因子や中枢性感作関連症状の発現状況にほとんど違いがありませんでした.つまり,今回評価した尺度において,痛みの強度が異なること以外では類似していることがわかりました.
本研究のポイント
- ・CSIと痛みの強度は概ね関連しているものの,一部,CSIが高値でありながらも痛みが軽度で,それらが関連しない集団(クラスター)が存在することがわかりました.
- ・CSIが共に高値でありながら痛みが対照的(重度/軽度)な2つのクラスター(C3,C4)の比較では,それぞれの関連症状にほとんど差がみられず,心理的因子(破局的思考,不安・抑うつ)においても差がないことがわかりました.
研究内容
146名の有痛患者を対象に,短縮版CSI(CSI9)と様々な性質の痛み強度を点数化するShort Form McGill Pain Questionnaire – 2(SFMPQ2)を評価しました.これら二つの質問紙の評価結果に基づいて,それぞれが似た性質を持つ集団を抽出するクラスター解析を実施したところ,CSI9が共に高値でありながら痛み強度が対照的(重度/軽度)な二つのクラスター(C3,C4)の存在を特定できました(図1).
図1.中枢性感作関連症状(CSI9)と痛み(SFMPQ2)の評価に基づくクラスター分析の結果
C1–3はCSI9とSFMPQ2に相関関係がみられましたが,C4ではそれらに相関関係がみられませんでした.また,C3とC4はCSI9が共に高値でありながら,SFMPQ2が対照的(重度/軽度)な関係でした.
CSI9(中枢性感作関連症状)の各項目をクラスター間で多重比較したところ,C3とC4では,「起床時の疲労感」の項目で差があるものの,その他の項目においては差がみられませんでした(図2).また,C3とC4では,痛みの破局的思考や不安・抑うつの指標(PCS4,HADS)にも差がみられませんでした.
図2.クラスター間におけるCSI9各項目(それぞれの中枢性感作関連症状)の多重比較結果
本研究の臨床的意義および今後の展開
痛みの強い患者が疲れやすさや不眠を訴える場合(C3にあたる症例),医療従事者はそれらの症状も含めて注意深く対応を検討します.その一方で,痛みがさほど強くないにもかかわらず,そのような関連症状を訴える場合(C4にあたる症例),それらはしばしば不定愁訴として捉えられ,軽視されがちです.しかしながら,このような関連症状は運動の阻害因子となり,痛みも改善しにくくなる可能性があるため,適切な対処を行っておく必要があります.今後は,これらの中枢性感作関連症状を有するクラスターにおいて,実際に痛みが遷延化しやすいのか否かについても縦断的研究によって検証していく予定です.
論文情報
Masayuki Koga, Hayato Shigetoh, Yoichi Tanaka, Shu Morioka.
Sci Rep 12, 2626 (2022).
なお,本研究は厚生労働省 厚生労働科学研究費補助金 「種々の症状を呈する難治性疾患における中枢神経感作の役割の解明と患者ケアの向上を目指した複数疾患領域統合多施設共同疫学研究」の支援(研究課題番号 20FC1056)を受けて実施されました.
詳細▶︎https://www.kio.ac.jp/nrc/press_20220217
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