理学療法士になって“年収1,000万円目指そうよ”
ー 将来に不安を抱いている学生、若手療法士の相談を受けることはありますか?
石井慎一郎先生:「将来に不安をもっている」というものを感じるならまだ可愛い(笑).
最近感じるのは,将来不安を越してしまって,「将来に希望をもっていない」若い子達が多くなってることです.その良い例なんですけど,学生の就活で国公立、準公立の病院を就職希望の一番に持ってくる子達が増えたように思います。
「どんな患者さんが診れるのか?」とか,「どんな教育体制があるか?」とか「病院の特色は?」とか,そういうキャリアアップに繋がるような条件よりも,「経営母体は公立が良い!」というのが優先順位の一番に来ちゃう子が多いんです.
「終身雇用などを含む福利厚生がしっかりしていて、年功序列で毎年ベースアップがあって,安定している職場」というものを求めている傾向だと思います。あと,このことと関連してるのかは分からないけど,男の子も女の子も,
結婚が早くなったように感じます。特に女子学生の多くは,「早く結婚して子供を作り,できれば専業主婦,だめならパートで働きたい」という将来ビジョンを持っている子が多いのに驚きます.
現実に,うちの卒業生でも20代後半で,第一線でバリバリと仕事をしている女の子はほとんどいません.皆,結婚して仕事はボチボチって感じです.で,最近は,男の子もそういう傾向がある.この辺りの感覚は,バブル世代の私には全く理解できないですね.
キャリアアップばかり考えていて,結婚とか家庭とか,あまりそういうものに興味が無かったと思います.人生のプライオリティーとして,仕事が一番!みたいなね.そのような学生たちに、「キャリアを積み上げて,一流のPTになろうよ!」とか,「年収1,000万円目指そうよ」といってもあまり現実味がないようです。
最初からそこは全く狙っていないという状況ですね。なんとなく,今のPTの現状に,大きな夢を持って、志を高く持って,野心とか,目標みたいなもの持ってやっていくという感じにならないのかもしれませんね.
「悟り世代」っていうんですかね?仕事に希望が見いだせず,夢を持つことが薄れていくのは非常に残念です。むしろこの「将来に希望がもてない」という方が、「将来に不安を抱える」よりもっと危機感を持つべきではないかと思います。
二極化の時代は確実に
ー 先生はこの業界の将来をどのように思っておられますか?
石井慎一郎先生:ここ20年は、超高齢社会でこれから団塊の世代を対象としたリハビリテーション(以下リハ)においてはまだまだ需要があるとは思います。問題はその後で、今の20代の方々が、私のように40代中盤から後半になった時が問題でしょうね。
少子化が進んでいる中でこれ以上の人口増加は望めないと思います。そうすれば私たちのような職種は溢れてしまうのではないかなと思います。そういった意味で長いスパンで考えると将来は非常に不安であると考えてしまってもおかしくありません。
ですから職域を高齢者一辺倒に進めすぎても問題があるように思います。
もっと,様々な分野に職域を増やしていく.たとえば,健康ビジネスとか,もの作りとか・・・.もっと業界自体が,そういう職域を拡大していくチャレンジを後押しするような空気がなきゃだめですよね.
ただ,今後,間違いなくPTって二極化していくんじゃないかな?
能力のあるPTは自費診療みたいな感じで開業して,そうではい子達が病院で働くなんて言う極端な構図が,ちょっと現実的になりつつある.PTは開業は出来ない事になってるけど,保険診療の枠組みの外側で,コンディショニングということでやれば,事実上の開業と同じですからね.
今,そういう事をやってるPTが増えてきましたよね.
能力がなきゃダメでしょうけど,能力のある子にとっては,自分でやる方が,病院で安月給で使われているよりも何倍も収入が良いわけで,魅力的な形ですよね.
供給過多の時代に生き残るには
ー 先ほどの話の続きなんですが、二極化が進む中で栄養士さんなどの資格のように、資格を持っていてもその職業に就かないという人たちが増えていくのでしょうか?
石井慎一郎先生:そのような人たちは増えていくと思います。現実的に,卒業してもPTとして就職しない子が年々増加してきてます.普通に一般企業に就職したり,全く違った仕事をしてたり,大学院に進学したり.結婚して辞めっちゃったり(笑).
有名国立大学なんかだと,就活をする時に,他学部の友達が大手企業に就職をする.その待遇と病院でPTとして働いた時の待遇を比較しちゃうと,病院に勤めるより,どこかの企業に一般職で就職する方が良いと思うでしょうね.
また,一般企業の動きとしては、リハビリ用ロボットや介護ロボットをこぞって開発しています。これは国の政策として相当なお金を使って推奨しています。実際に、企業の人向けにリハロボット開発に関して講演を頼まれていくことがありますが、
例えば、神奈川県で行うと200社ほど集まります。企業側からは「このようなロボットを使うことで、理学療法士の仕事が楽になります」とうたっています。病院側からするとロボットを使えばPTを雇わなくてもいいということが起こるのかもしれません。
仮に使わなかったとしても、年間一万人のPTが誕生して供給過多になれば経済学的に考えて価格は下がります。
そうすればこの業界は5年目までが圧倒的に多いですからその年代だけで、患者さんを回して10年目以上は必要なくなるということも起こるかもしれません。
ですから、5年目までは就職は困らないけれどもそれ以上になると職がなくなるということも考えられますね。
戦略的キャリアアップのススメ
ー 私たちの時の就職でもそうだったんですが、「最初は急性期など総合病院で何年か勉強してから自分の好きな道に進め」と言われてきました。しかし、先ほどの話になるとその頃にはもう自分の行きたい分野には行けない状態になっているのではないかなと思ったのですが、その辺で先生はどのように思われますか?
石井慎一郎先生:私は、最初からアイデンティティーのようなものを持っておいて、初めから地域に出るとか起業に向かっていくのも良いよとますよ。とりあえずどこかの一般病院に就職して,その後3年も4年も過ごしてしまうと移動する先がないですよね。10年目以上の療法士が転職しようと思ったら大変ですよね。
余程何か光るものを持っていないと難しいですよ。現実的に最近は5年目以下で構成する病院も多い中で急に10年目以上の療法士が入ってきても馴染めないです。ですからキャリアアップを行うのであれば最初から戦略的に行かないと難しいでしょうね。
大学院はキャリアの保険にはならない
ー 私たちの年代ですとキャリアアップのために大学院へ進学する方達がいます。でも実際には、その理由が曖昧な方もいますが実際の所大学院への進学の必要性というものはどういったところにあるのでしょうか?
石井慎一郎先生:まず、大学院に行っても給料が上がるという保証は全くありません。また、大学院に行ったから次のキャリアアップが約束されているかといえば,それもまた違います。これが今の状況ですね。
ですから、付加価値として大学院への進学を考えてしまうと難しく、今現在の学生ですと…必要性か…んー何でしょうね?でも,一つ大事なことは、2年間から4年間かけて一つのことを研究していく中で、臨床に直結はしないかもしれないけれど、「ある課題をいかにして解決していくのか?」というトレーニングにはなると思います。
そういう面を考えると,大学院で系統的に研究と言うものを学ぶと,確実に臨床を見る上での視点は増えますから臨床力も自ずと変わってくるのではないでしょうか。ただ、最近では大学院生のクオリティーが低くなってきていると嘆く声も聴きますね.
大学院に入って来ても、いつまでたっても研究テーマが見つからないという学生が居るのも確かです。大学院に入る時点で,研究テーマが決まっていないのに,大学院に進学してくるって,なんだか不思議な感じがしますね。
研究をしたくて大学院に来るのが普通なんだけど,何が研究したいのかが分からないって,おかしいですよね。
もしかしたら,大学院進学もある意味では将来不安に対する一つの行動なのかな?先行き不安だから,とりあえず保険のために大学院に進学しておこうみたいな・・・。
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石井慎一郎先生の経歴
最終学歴・学位:国際医療福祉大学大学院 保健医療学研究科 福祉援助工学分野 博士課程・博士(保健医療学)
【職歴】
・永生病院リハビリテーション科(1990年4月~2001年3月まで)
・神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部 講師(2003年4月~2008年3月まで)
・現職(2008年4月~)
【主な論文】
石井慎一郎(1989)前額面内下肢関節モーメントからみた変形性関節症患者の歩行パターン 日本臨床バイオメカ二クス学会誌
石井慎一郎(2008)非荷重時の膝関節自動伸展運動におけるスクリューホームムーブメントの動態解析 理学療法科学
【著書】