大腿直筋のもう一つの起始【反転頭】の解剖学|吉田俊太郎

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第3回は皆様に知っていただきたい大腿直筋の反転頭について書かせていただきます。反転頭という言葉自体あまり聞いたことがないというご意見を多くいただきますので、基本的な構造から私が専門にしている臨床への応用(臨床解剖)まで書かせていただきます。

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起始領域から大腿直筋は2つのパーツで構成される


 大腿直筋(rectus femoris)は直頭(straight headまたはdirect head)と反転頭(reflected headまたはindirect head)の2つのパーツで構成されていることはご存知でしょうか。2つのパーツを説明する時のポイントは起始領域です。皆様は大腿直筋の起始は下前腸骨棘と理解されていると思いますが、大腿直筋はもう一つの起始を持っています。それは寛骨臼上溝です。

 

下前腸骨棘から起始するパーツが大腿直筋の直頭、寛骨臼上溝から起始するパーツが大腿直筋反転頭と名付けられています(図1)1,2,4)。要するに基本的には起始領域が異なると別々のパーツとして分類されるということです。(外側広筋斜頭の記事を書かせていただいた時も外側広筋の長頭と斜頭の区別は起始領域が異なるため別々のパーツとして分類されていると書かせていただきました)。

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 ちなみに停止については直頭と反転頭の両者ともに共同の大腿四頭筋腱となり、最終的には脛骨粗面に付着していると記述されています。


図1 下前腸骨棘と寛骨臼上溝
 

直頭と反転頭の起始領域の特徴

 解剖をして反転頭(reflected headまたはindirect head)を観察しようとすると、反転頭より浅い位置(体表に近い位置)には大腿筋膜張筋(Tensor fascia lata m)が位置しています(図2-A)。よって大腿筋膜張筋が残っていると反転頭を観察することができません。また反転頭に限らない話ですが、上部に筋が重なっている場所というのは上部の筋に硬さがあると下部の筋は圧迫を受けて粗血状態となりやすく痛みや筋収縮力の低下を起こしやすいと言われています。よって大腿筋膜張筋に硬さがある場合には反転頭は上から圧迫を受けやすく反転頭にも問題が生じる可能性が考えられます。


 反転頭(reflected headまたはindirect head)の形態的な特徴についてはRyan JM, et al(2014)1)によると、直頭(straight headまたはdirect head)の起始領域での高さは平均2.5㎝、幅は約1.5㎝です。それに対して反転頭の起始領域での高さは平均1.5㎝、幅は約5㎝であると調査されています(図2-B)。要するに直頭は縦に長く、反転頭は横に長いのが特徴です。実際にご献体の写真で観察すると、その特徴が良くわかります。その他にも反転頭は深層(後面)の方に起始が伸びているということも特徴です。よって前額面(前方からの観察)からの観察では反転頭は明瞭には観察できませんが(図3-A)、矢状面(横からの観察)で明瞭に観察することができます(図3-B)。


     図2-A 左大腿前部の観察          図2-B 直頭と反転頭の形状
 Rectus femoris m:大腿直筋  Tensor fascia lata m:大腿筋膜張筋  Direct head:大腿直筋直頭 Reflected head:大腿直筋反転頭
引用:Ryan JM, Harris JD, Graham WC et al. Origin of the direct and reflected head of the rectus femoris: an anatomic study. Arthroscopy 2014; 30: 796–802.


  図3-A 反転頭を前額面から観察       図3-B 反転頭を矢状面から観察
R:大腿直筋  S:縫工筋  PROXIMAL:近位  MEDIAL:内側  LATERAL:外側  DISTAL:遠位  
引用:Ryan JM, Harris JD, Graham WC et al. Origin of the direct and reflected head of the rectus femoris: an anatomic study. Arthroscopy 2014; 30: 796–802.


大腿直筋の直頭と反転頭のそれぞれの作用について


 大腿直筋(rectus femoris)は膝関節の伸展以外に、二関節筋であるため股関節の屈筋としての作用も持っています。股関節は可動域の大きな関節であり、日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会(1995 年)のデータでよると参考可動域は屈曲125°となっております。よって大きな可動域の中で有効的に筋力を発揮するために大腿直筋の起始部(股関節側)には関節変化に伴って特異性あります。


 まず股関節屈曲伸展0°の場合は、大腿直筋の直頭(straight headまたはdirect head)が大腿骨軸に対して平行になり、反転頭(reflected headまたはindirect head)は大腿骨軸に対して直角になります(図4-A)。
 それに対して股関節屈曲90°の場合は、大腿直筋の直頭が大腿骨軸に対して直角になり、反転頭は大腿骨軸に対して平行になります(図4-C)。
 また中間の股関節45°屈曲位では直頭と反転頭ともに大腿骨軸に対して45°程度の角度を有します(図4-B)2)。


これらの事実から大腿骨軸に対して平行の方が働きやすく、直角に折れ曲がった方が働きにくくなることは想像できます。よって0°の時は大腿直筋の直頭が働きやすく、90°の時は反転頭が働きやすく、45°の時は両者が均等の力が働いていることが推測できます。これらのことはBordalo-Rodrigues(2005)も大腿直筋の直頭は股関節屈曲の運動のはじめに、その後の股関節屈曲は大腿直筋の反転頭が大きな役割をしていると述べていることも裏付けになると考えられます 4) 。

 
引用(下図):江玉睦明, 影山幾男, 熊木克治. 大腿直筋の筋・腱膜構造の特徴 -肉はなれ発生部位との関連についてー 厚生連医誌, 第21巻, 1号 2012, 34-37

反転頭の臨床との関係


直頭(straight headまたはdirect head)と臨床の関係性は一般的にも述べられているので、ここではあまり知られていない反転頭(reflected headまたはindirect head)と臨床の関係を中心に書いていきます。

 

 ここまで反転頭の形態から作用までを述べてきました。では、実際の臨床場面でどのような時に反転頭が取り上げられるでしょうか。
まずは人工股関節全置換術の前方アプローチの時を例にしたいと思います。

 

最近主流になってきている前方アプローチですが、その前方アプローチでは大腿直筋の反転頭を切離します3)。よって前方アプローチを施行された方というのは、前述した反転頭の作用から考えて股関節の屈曲角度が大きくなるほど、力が入りにくくなることが考えられます。そうなると、どのようなことが起こってくるかというと、大腿直筋の反転頭の代わりに他の屈筋群がオーバーワークを呈するようになります。その結果として代償的に働いた筋に痛みが出現したりと、二次的な問題へと発展する場合があります。よって前方アプローチをされた方の術後のリハビリは股関節屈曲角度を考慮することが、リスク管理、疼痛管理の観点からも重要になります。術部の回復の段階に合わせ股関節の屈曲運動の角度を増大させていくなどの工夫が必要であると思います。

 


 また、臨床に特化したセミナーで、SLRの肢位での筋力テストを実施し、治療前後での筋力差を受講生に確認してもらうような場面があると思います。これも大腿直筋の直頭にアプローチしたのか、反転頭にアプローチしたのか、どちらをターゲットにしたのかで、SLRの角度を統一する必要があることも理解できるかと思います。治療前後で角度を変えると評価の信頼性が損なわれてしまうことがあります。

 


 最後に大腿直筋は大腿四頭筋の中で最も負傷しやすい筋です。負傷の種類には腱剥離(tendinous avulsions)、筋腱の緊張(musculotendinous strains)、筋挫傷(muscle contusions)、および裂傷(lacerations)があります。よって筋だけでなく腱の構造の理解も重要です。大腿直筋の起始腱は直頭と反転頭で異なります。

 


直頭の起始腱は近位では表層に大きく存在し、遠位に向かうに従い中央に留まります。それに対して反転頭の起始腱は近位では直頭の腱の深層に位置し、遠位に向かうに従い筋の内部に入り、大腿遠位に伸び、最終的には大腿遠位2/3程度のエリアでは内側にコンマのような形で存在しています(図5)4)

 

近位部では反転頭の腱は直頭の深層にあるため、診断は難しいと言われております。そのため最近はMRIでの診断が進んでおります(図6)。また図5の腱が筋の内部に入ることは表層からの写真では見えないため、イメージしずらいかと思いますが、MRI画像を見ると腱が内部に入っていることも理解できます5)

 


股関節の屈曲動作を考える際や大腿直筋の傷害の際の評価・治療の一助になれましたら幸いです。



図5 大腿直筋の直頭と反転頭の起始腱の構造
引用:Bordalo-Rodrigues M, Rosenberg ZS. MR imaging of the proximal rectus femoris musculotendinous unit. Magn Reson Imaging Clin N Am 2005;13:717–25.


図6 MRIでの大腿直筋の直頭と反転頭(白矢印:直頭、黒矢印:反転頭)
引用:Wittstein J, Klein S, Garrett WE. Chronic tears of the reflected head of the rectus femoris: results of operative treatment. Am J Sports Med 2011;39:1942–7.

 

【目次】

第一回:ACL損傷とPCL損傷の整形外科的テストの疑問

第二回:外側広筋斜頭という言葉を聞いたことはありますか?

第三回:大腿直筋のもう一つの起始【反転頭】の解剖学

 

参考文献
1) Ryan JM, Harris JD, Graham WC et al. Origin of the direct and reflected head of the rectus femoris: an anatomic study. Arthroscopy 2014; 30: 796–802.
2) 江玉睦明, 影山幾男, 熊木克治. 大腿直筋の筋・腱膜構造の特徴 -肉はなれ発生部位との関連についてー 厚生連医誌, 第21巻, 1号 2012, 34-37
3) 越智隆弘, 糸満盛憲. 最新・整形外科科学大系 骨盤・股関節(16)中山書店, 2006年12月, p143
4) Bordalo-Rodrigues M, Rosenberg ZS. MR imaging of the proximal rectus femoris musculotendinous unit. Magn Reson Imaging Clin N Am 2005;13:717–25.
5) Wittstein J, Klein S, Garrett WE. Chronic tears of the reflected head of the rectus femoris: results of operative treatment. Am J Sports Med 2011;39:1942–7.

 

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