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【特集】見えにくい日本のリハビリ格差|国民皆保険制度下の新たな課題

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目次

2024年6月、ヨーロッパ物理医学・リハビリテーション医学誌(European Journal of Physical and Rehabilitation Medicine)に興味深い研究が発表された。Htwe氏らによる系統的レビューは、低中所得国におけるリハビリテーションサービスへのアクセス格差を包括的に分析したものだ。

その結果は、先進国に住む我々にとって考えさせられるものだった。ザンビアでは医学的リハビリテーションを必要とする人の47.6%に対し、実際に受けられたのは17.2%にとどまる。必要な人の3分の1程度しかサービスにアクセスできていない現実がある。

こうしたデータを目にした日本の医療関係者の多くは、自国の制度に安心感を覚えるかもしれない。国民皆保険制度の下、原則3割負担(年齢・所得により1~3割)で必要なリハビリテーションへのアクセスが保障される日本は、確かに恵まれた環境にある。

しかし、この安心は果たして完全に正しいのだろうか?表面的には平等に見える制度の下で、新たな形の格差が静かに広がっているのだ。

第1章 世界の格差と日本の「見えない格差」

国際研究が明らかにした深刻な現実

Htwe氏ら(2024)の系統的レビューが明らかにした世界の状況は深刻である。低中所得国42カ国を対象とした分析では、リハビリテーションサービスへのアクセスを阻む多層的な障壁が浮き彫りになった。

ザンビアでは医学的リハの必要47.6%に対し受療17.2%、トンガでは必要28.9%/受療20.3%であった(いずれも国の全国障害者調査に基づく)。また、アフガニスタンでは、重度の障害のある成人の40.4%が、入院医療(inpatient care)を必要としたにもかかわらず受けられなかったと報告されている。

同研究では、低中所得国におけるリハビリテーションアクセス障壁を体系的に分類している。資金不足、施設・物流面の課題、教育不足、資源不足、リーダーシップ・政策の問題、技術・先進治療の不足、地域密着型リハビリテーション(CBR)の不備、社会的支援不足、文化的影響、政治的問題、登録・基準の不備が主要な障壁として特定された。

特に深刻なのは資金面の問題で、サービスの高額な費用、前払い費用の必要性、補助具の高コスト、経済的制約、政府や組織によるリハビリテーションサービスへの資金提供不足、保険制度の不備などが報告されている。

日本で見つかった予想外の格差

こうした世界の深刻な状況と比較すると、日本の国民皆保険制度は確かに優秀である。しかし、詳しく調べてみると、日本にも独特の格差が存在することが分かってきた。

全国統計に見る地域格差の実態

令和5年度の厚生労働省調査「介護予防・日常生活支援総合事業等に関する調査」が、日本国内の地域格差の一端を明らかにしている。地域リハ活動支援事業は全国の74.8%の市町村で実施されているが、裏を返せば4分の1の自治体では実施されていないということだ。

さらに注目すべきは、市町村からの専門職派遣依頼の実績で、理学療法士(PT)が67.4%で最多となっている点である。これは地域での専門職派遣体制へのニーズが高い一方で、実際の派遣体制には地域差があることを示唆している。

全国的にみても、都市部では理学療法士・作業療法士の配置が相対的に多いのに対し、山間部や離島地域では著しく少ないことが厚労省資料で繰り返し指摘されている。また、日本老年医学会誌に掲載された研究(2022)では、都市部と農業地域に住む訪問リハ利用者84名を比較したところ、農業地域の利用者は活動性や地域移動性が低い傾向が報告されている。これは、単なる人数の格差だけでなく、地域特性が利用者の生活の質にまで影響していることを示す重要な知見である。

一方、個別地域の事例として、茨城県で実施された調査では、同県の訪問リハビリ利用者数が全国平均を下回る状況が報告されている※。ただし、これは単一地域の事例であり、全国的な傾向を示すものではない点に留意が必要である。

※学会抄録ベースでの情報

人材不足が生む新たな格差

リハビリテーション専門職の需給バランスも、地域格差を拡大させる要因となっている。厚生労働省の医療従事者の需給に関する検討会・理学療法士・作業療法士需給分科会の分析によると、理学療法士と作業療法士は2040年に供給が需要の約1.5倍になる推計がある一方、実地では偏在が課題である。

令和5年度の厚生労働省調査では、地域リハ活動支援事業は全国の74.8%の市町村で実施され、派遣依頼はPTが67.4%で最多など、地域での専門職派遣体制ニーズが高いことがわかる。また厚生労働省2024年『地域包括ケアの更なる深化・推進』では、2040年に向け地方で介護人材不足が深刻化し、地域差が大きくなるとの見通しが示されており、全国レベルでの人材充足と地域レベルでの人材不足が同時に起きている矛盾した状況が生まれている。

制度移行の複雑さが生む障壁

日本のリハビリテーション制度は医療保険と介護保険の二本立てで運営されているが、この制度移行の複雑さが新たな障壁を作り出している。東京都健康長寿医療センター研究所の研究(2022)では、介護保険サービス限度額内で通所リハビリテーションの利用が困難な外来維持期リハビリテーション患者の実態が報告されており、制度の谷間に落ちる患者が存在することが明らかになっている。

医療保険の疾患別リハは標準的算定日数(例:脳血管180日)が設定され、入院外来の維持期リハの扱いは2019年3月29日付厚生労働省保険局医療課長通知(保医発0329第3号)により介護保険等との役割分担がより明確化された。介護保険側は区分支給限度基準額(単位)で利用上限が管理されるため、制度横断の理解が不可欠である。

また、複数の質的研究や行政の現場報告では、患者・家族の制度理解不足、ケアマネジャーの知識格差、医療機関と介護事業所の連携不足が継続的なリハビリ利用の障壁となっていると指摘されている。こうした制度理解や連携の課題は、単なる制度設計上の問題ではなく、実際にサービス中断を招く具体的要因として現場で観察されている。

第2章 制度格差の本質と構造

「豊かな国の新しい格差」の特徴

世界の深刻な格差と比較すると、日本の状況は確かに恵まれている。基本的な医療アクセスは保障され、経済的な破綻を避ける仕組みも整っている。しかし、だからこそ見えにくくなっている格差の本質を理解する必要がある。

日本の格差は「アクセスできない」ではなく「アクセスの質と量に差がある」という特徴を持つ。これは先進国特有の「高次の格差」と言える。基本的人権としての医療アクセスは保障されているが、「より良い生活の質」を求める段階での格差が顕在化している。

制度的平等が生む新たな不平等

皮肉なことに、日本では制度的平等が新たな不平等を生み出している側面がある。一律の制限や基準が、個別ニーズの多様性を無視する結果となり、画一的なサービス提供が真の平等を阻害するケースが生じている。

例えば、医療保険の180日制限は疾患の重症度や回復の個人差を十分に考慮しておらず、継続的なリハビリテーションを必要とする患者にとっては不十分な場合がある。また、介護保険の単位制限も、利用者の状態や目標に関係なく一律に適用されるため、個別最適化されたサービス提供が困難になっている。

情報格差と制度理解格差

日本のリハビリテーション制度の複雑さは、新たな格差の温床となっている。医療保険から介護保険への移行、各種加算制度の理解、適切な事業所の選択など、制度を十分に活用するためには相当な知識が必要となる。

この知識の有無や、相談できる専門家とのつながりの有無が、実質的なサービス利用格差を生み出している。同じ制度の下にいながら、情報やネットワークへのアクセス能力によって受けられるサービスの質と量に差が生じるのは、現代社会特有の格差構造と考えられる。

第3章 今後の政策課題と展望

政策課題への取り組み

日本のリハビリテーション格差を解消するためには、以下の政策課題に取り組む必要がある。

まず、地域格差の解消に向けた人材配置戦略の見直しが急務である。地域偏在と派遣体制整備の必要性は、市町村からの専門職派遣依頼の実績データからも明瞭である。理学療法士への派遣依頼が67.4%で最多を占める一方で、実施自治体が74.8%にとどまることは、4分の1の地域で十分な体制が整っていないことを意味する。遠隔リハや共同連携型の派遣スキームを拡充し、限られた人材で質を維持しながら提供体制を最適化する政策が求められる。

次に、制度の簡素化と統合の検討が必要である。医療保険と介護保険の境界を明確にし、利用者にとって分かりやすい制度設計への見直しを進めることで、制度理解格差の縮小を図るべきである。

さらに、個別ニーズに応じた柔軟な制度運用の実現も重要である。画一的な制限ではなく、個人の状態や目標に応じたオーダーメイド的なサービス提供が可能となる仕組みづくりが求められる。

おわりに

日本のリハビリテーション制度は、世界的に見れば非常に優秀なシステムである。しかし、制度の成熟とともに新たな形の格差が生まれていることも事実である。

これらの「見えにくい格差」を可視化し、適切な政策対応を行うことで、真の意味での平等なリハビリテーションアクセスの実現が可能となる。国民皆保険という強固な基盤があるからこそ、きめ細かな改善策を講じることで、世界に誇れるリハビリテーション制度のさらなる発展が期待できるのである。

【シリーズ目次】

“幻”の制度 訪問リハビリステーションの行方──構想から約25年

医療費"見える化"資料をリハ専門職がどう読み解くか

生活期リハの真の価値を問い直す

見えにくい日本のリハビリ格差|国民皆保険制度下の新たな課題


参考文献・引用文献

国内文献・資料

  1. 【1】厚生労働省. 令和5年度 介護予防・日常生活支援総合事業等に関する調査結果 概要. 2024年.

  2. 【2】厚生労働省医療従事者の需給に関する検討会理学療法士・作業療法士需給分科会. 理学療法士・作業療法士の需給推計について. 2019年4月.

  3. 【3】東京都健康長寿医療センター研究所. 介護保険サービス限度額内で通所リハビリテーションの利用が難しい外来維持期リハビリテーション患者の実態と特性. 日本健康・栄養システム学会誌. 2022;31(4).

  4. 【4】厚生労働省. 地域包括ケアの更なる深化・推進. 2024年.

  5. 【5】厚生労働省. 疾患別リハビリテーション料の算定について(診療報酬点数表). 2024年改定版.

  6. 【6】厚生労働省保険局医療課長. 要介護被保険者等である患者に対する入院外の維持期・生活期の疾患別リハビリテーションに係る経過措置の終了に当たっての必要な対応について. 保医発0329第3号. 2019年3月29日.

  7. 【7】厚生労働省. 介護保険における区分支給限度基準額(単位)の管理について. 2021年.

  8. 【8】厚生労働省. 高額療養費制度について(年齢・所得による負担割合の説明). 2024年.

  9. 【9】医療法人社団聖嶺会立川記念病院. 訪問リハビリテーション利用者が少ない地域での現状と今後の課題. 日本理学療法士学会抄録集. 2014年第49回日本理学療法学術大会.(※参考事例)

  10. 【10】千葉佳明ほか. 都市部と農業地域における訪問リハ利用者の生活機能比較. 日本老年医学会雑誌. 2022;59(1):49-57.

国際文献

  1. 【11】Htwe O, Yuliawiratman BS, Tannor AY, et al. Barriers and facilitators for increased accessibility to quality rehabilitation services in low- and middle-income countries: a systematic review. Eur J Phys Rehabil Med. 2024;60(3):514-22.

  2. 【12】United Nations Children's Fund. Zambia National Disability Survey 2015. New York: UNICEF; 2015.

  3. 【13】United Nations Children's Fund. Tonga Disability Survey Report 2018. New York: UNICEF; 2018.

  4. 【14】The Asia Foundation. Model Disability Survey of Afghanistan 2019. San Francisco: The Asia Foundation; 2020.

この記事の執筆者
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今井俊太
【POST編集部】取締役 兼 編集長

理学療法士としての現場経験を経て、医療・リハビリ分野の報道・編集に携わり、医療メディアを創業。これまでに数百人の医療従事者へのインタビューや記事執筆を行う。厚生労働省の検討会や政策資料を継続的に分析し、医療制度の変化を現場目線でわかりやすく伝える記事を多数制作。
近年は療法士専門の人材紹介・キャリア支援事業を立ち上げ、臨床現場で働く療法士の悩みや課題にも直接向き合いながら、政策・報道・現場支援の三方向から医療・リハビリ業界の発展に取り組んでいる。

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