江原先生による慢性腰下肢痛の理学療法講座▶︎https://chronic-pain.peatix.com/
週の真ん中水曜日の江原です。前回は神経障害性疼痛の発症率についてご紹介しました。明確な神経症状を伴う神経障害性疼痛は、理学療法士がアプローチできない(改善することができない)痛みのメカニズムという認識が一般的かもしれません。今回は神経障害性疼痛に対するメカニズムベースのアプローチを確認し、運動療法は効果的かどうかについて考えたいと思います。
神経障害性疼痛のメカニズム
神経障害性疼痛 はIASPによって、「体性感覚神経系の病変または疾患によって引き起こされる痛み」と定義されている、明確に診断可能な疾患によって生じた体性感覚系の異常による痛みであります。
前回記事にも書きましたが、末梢性と中枢性の神経障害を伴う症候群の総称であり、罹患した疾患に応じて症状の一つとして疼痛が出現します。さらにミクロに解剖学的にメカニズムを見ていくと、図1のような機序により疼痛を発症します。
よく知られているのが、神経損傷部位に発生した『α2δリガンドの著明な増加』による神経の異所性発火です。これにより、神経伝達物質が過剰に産出され神経損傷部位からの痛みの求心性インパルスが増幅し大脳に到達し痛みを知覚します。この異所性発火に効果的であり、広く知られるようになった薬剤のひとつが『プレガバリン』です。
図1 神経障害性疼痛の機序
神経障害性疼痛に付随して、神経の損傷部位や罹患疾患により神経障害を生じます。従って疼痛改善だけでなく並行して末梢神経疾患の理学療法、中枢神経疾患の理学療法を行っていきます。
図2 末梢神経障害(筋力低下)の理学療法
例えば帯状疱疹後神経痛という神経障害性疼痛があります。体性感覚神経の後根神経節に潜在している帯状疱疹ウイルスが、宿主の免疫低下などを機転に増殖し神経障害を起こす疾患です。神経損傷により感覚異常である痛み、しびれを起こしさらに脳脊髄液を介して運動神経に回って筋力低下を起こします。
この場合図2のような段階的な理学療法を行い、神経が回復するまでの間の筋力維持を行います。神経損傷の程度によっては不可逆的な症例もいます。このように臨床ベースで考えると、末梢神経性神経障害性疼痛の場合であれば痛み自体の改善は内服治療や神経ブロック療法に任せ、末梢神経障害への筋力増強練習や装具の検討が主なアプローチをすべきと考えています。
先ほどの帯状疱疹で言えば、C5神経節に潜伏していれば肩関節周囲に痛みや筋力低下を起こし、痛くて動かせずに短期間のうちに関節拘縮を形成します。二次的な関節拘縮や、筋力低下、ADL(活動量)低下が引き起こされてば二次的障害への運動療法を行います。
不動による持久力低下の改善のためのストレッチや全身持久性を向上させる段階的な有酸素運動や、神経障害に対する理学療法が神経障害性疼痛に対する運動療法の基本的なアプローチであります。
神経障害性疼痛への運動療法の効果
しかし実はそれだけではなさそうです。疼痛メカニズムと運動療法に関するレビューにおいては、運動は傷ついた組織の治癒を促進することで神経障害性疼痛の病態を改善すると示唆されています。
定期的な有酸素運動は、抗炎症性サイトカイン(インターロイキン4)とM2マクロファージの発現を増加させ、神経障害部位で抗炎症性サイトカインを分泌するという報告があります。また定期的な有酸素運動は、傷害部位におけるM1マクロファージの発現や炎症性サイトカイン産生を減少させることができます。
サイトカインやマクロファージに対する効果は、神経障害性疼痛の動物モデルにおいて、神経の治癒と鎮痛を促進しています。ヒトにおいて、同じ効果が期待できるかは不明ですが運動により長期的な神経の回復が期待できるのは驚きでした。
さらに糖尿病性末梢神経障害患者の神経障害症状、神経機能、皮膚神経支配に対する運動の効果を示した論文もあります。10 週間の有酸素運動および強化運動プログラムに参加した17人の被検者に、痛みと神経因性症状の改善や皮神経内の神経分岐の増加が認められたそうです。
神経障害性疼痛に対するメカニズムベースの理学療法
疼痛に対する一般的な理学療法士の治療は、運動系、心理社会的要因、疼痛メカニズム(侵害受容性、神経障害性、痛覚変調性)に対して行われています。運動療法はメカニズムすべてにポジティヴな効果を起こす働きがあります。運動療法自体をマルチモーダル療法と考えることができます。
内服治療が各メカニズムに対して、単一の効果しかないのに対して運動療法、理学療法は多面的な効果を発揮していると考えられます。神経障害性疼痛に対して、運動器リハビリテーションであれば腰椎疾患の坐骨神経痛以外はまだリハビリ処方は少ないかもしれません。
痛みへのアプローチや二次的障害への理学療法など、私たちが可能なアプローチはまだまだあります。処方を行う医師と良く意見交換を行うことで、疼痛領域の中でも活動範囲を広げられそうに考えます。
まとめ
神経障害性疼痛に対する運動療法効果についてまとめました。他職種と共有することでリハビリ処方の可能性も広がりそうです。それでは今回はここまで!Adios!(スペイン語でさようなら)
この記事を書いた江原先生による慢性腰痛の講習会
慢性腰下肢痛のリハビリテーション
腰痛や坐骨神経痛などの下肢痛に対して理学療法を実施しても、あまり効果的ではないと感じ悩んだことはありませんか?痛み治療に特化したペインクリニックでは、腰下肢痛に対しては医師と理学療法士が分業して治療しています。理学療法士は主に診断に基づき、診断の補助やトリアージを行いますが、実はこの過程が非常に重要なのです。
トリアージを適切に行うことで、臨床での悩みはかなり改善すると思います。知識と経験を要する領域ですが、評価フローを使えば確実性は高まるのではないかと考えています。そこで今回は、【慢性腰下肢痛のためのTo Doリストを作りました】。侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛・痛覚変調性疼痛や認知情動面の影響をトリアージして、慢性腰下肢痛にメカニズムベースのアプローチを実践していきましょう。
講師プロフィール
江原 弘之先生
運動器認定理学療法士・いたみ専門医療者・公認心理師
西鶴間メディカルクリニックリハビリテーション科 部長
NPO法人ペイン・ヘルスケア・ネットワーク 代表理事
プログラム
・慢性腰下肢痛で知っておいた方がいい「痛み」の知識
・痛みの構造化問診票・9つの質問
・痛みの評価フローとトリアージ
・理学療法評価の活用方法
・理学療法の守備範囲とチーム医療
・症例提示
◆概要
【日時】 3月24日(金) 21:00~23:00
【参加費】3,300円
*POST有料会員は無料で受講可能です。
→有料会員はこちらをご確認ください。
【参加方法】ZOOM(オンライン会議室)にて行います。お申し込みの方へ、後日専用の視聴ページをご案内致します。
申込▶︎https://chronic-pain.peatix.com/
参考文献
Chimenti RL et al:A Mechanism-Based Approach to Physical Therapist Management of Pain.Phys Ther.2018:98(5):302-314.
Hodges PW:Hybrid Approach to Treatment Tailoring for Low Back Pain: A Proposed Model of Care.J Orthop Sports Phys Ther.2019,49(6):453-463.
Kluding PM et al:The effect of exercise on neuropathic symptoms, nerve function, and cutaneous innervation in people with diabetic peripheral neuropathyJ Diabetes Complications.2012;26(5):424-429.
病院向け講習会で症例検討をやるのだが、提示症例の大半が
— Hiroyuki Ebara | ペインクリニック (@lopeslopeslopes) November 19, 2020
『心理社会的要因のスコアをとる』
『痛みのメカニズムを分類する』
『痛くない動きから有酸素運動をする』
で解決しそう。
脳血管リハとかだったらとんでもないレベルのポカを慢性疼痛リハではやってしまいがち。
なんとかしないと✊
【目次】
第100回:脆弱性ある慢性疼痛患者グループー経済格差と疼痛医学ー
第105回:理学療法士が可及的早期に慢性疼痛を学ぶとよい理由
第106回:筋骨格系疼痛に対する信念と態度~生物医学モデルで消耗しない方法~
第108回:筋骨格系疼痛に対する信念と態度その2~患者の信念を把握せよ~
第109回:『私、ヘルニア持ちですので…』に対抗する臨床推論~筋骨格系疼痛に対する信念と態度その3~
第110回:坐骨神経痛と腰下肢痛の分水嶺~理学療法評価からの考察~
第112回:痛み教育と心理的な抵抗~筋骨格系疼痛に対する信念と態度その4~
第113回:【変形性腰椎症】痛みの認知の修正に役立ったアプローチ~慢性腰痛1症例の紹介~
第114回:筋・関節を越えてゆけ!~筋骨格系疼痛に対する信念と態度その5~
第116回:起床時の腰痛に対する思考プロセスとアプローチ例②~運動療法と寝具について~
第118回:腰痛患者の呼吸筋機能と臨床での簡便な評価とアプローチ
第120回:痛みのマルチモーダル治療とは①~感覚系のモードと薬物療法を理解する~
第121回:痛みのマルチモーダル治療とは②~痛みのメカニズムに対するリハビリの効果~
第124回:【運動器コラム】2週間に1回の外来リハにこだわる理由
第125回:帯状疱疹にリハビリテーションは必要か?①-segmental zoster paresis-
第126回:帯状疱疹にリハビリテーションは必要か?②-segmental zoster paresisその2-
第127回:帯状疱疹にリハビリテーションは必要か?③-SZP軽傷例の症例報告-
第128回:帯状疱疹にリハビリテーションは必要か?④~帯状疱疹関連痛と混合性疼痛~
第129回:帯状疱疹にリハビリテーションは必要か?⑤~帯状疱疹関連痛を鑑別するには~
第130回:【疼痛“部位”の評価】どこが痛いかを把握する意義
第131回:【疼痛“部位”の評価】描画法で痛みを解釈するポイント
第133回:早期の通院ドロップアウトの予防線-セラピストが意識する行動-
第134回:【慢性腰痛】痛みによる睡眠障害をスルーしないインタビューのコツ
第140回:【症例検討編】足底腱膜炎と慢性疼痛の関係part2
第141回:【症例検討編】足底腱膜炎と慢性疼痛の関係part3~もしも高齢者の足底が痛くなったら~
第142回:不平不満が多い慢性疼痛患者に苦労しているセラピストが読むコラム
第143回:『痛む足と動く足趾症候群』というレアな難治性疼痛疾患①
第144回:『痛む足と動く足趾症候群』というレアな難治性疼痛疾患②
第147回:疾患や障害を負い揺れ動く感情~アンビバレンスとは~
第148回:アドヒアランス行動のタイプとノンアドヒアランスによる弊害
第149回:リハビリテーションにおいて要求と不平が多い人への対応
第150回:患者のモチベーションアップに困った時に読むコラム①
第151回:患者のモチベーションアップに困った時に読むコラム②
第152回:患者のモチベーションアップに困った時に読むコラム③
第154回:臨床で考えたい急性腰痛と慢性腰痛の境界線②~MRIがない施設における腰下肢痛症例の治療経過~
第156回:痛みのマネジメントにおける理学療法士の仕事~運動療法・痛みのトリアージ・復職アドバイス~①
第157回:痛みのマネジメントにおける理学療法士の仕事②~痛みのトリアージ~
第158回:痛みのマネジメントにおける理学療法士の仕事③~復職~
第159回:生物医学モデルへの傾倒は慢性腰痛患者を差別する?
第160回:慢性腰痛を生物医学モデルで説明したくなる2つの理由
第161回:頚部痛から発生する頭痛・顔面痛『大後頭三叉神経症候群』①
第162回:頚部痛から発生する頭痛・顔面痛『大後頭三叉神経症候群』②